小説置き場(宏成:名古屋)

『ヲタクに恋は難しい』宏嵩×成海 激推し小説書いてます

行き交う熱情

[触れたかったんだ]の続きになります。

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「…きょ、今日、泊まって行けば?」

やってしまった。どもってしまった。カッコ悪い。
渾身の勇気を出して、宏嵩は絞り出した言葉だった。のに、だっせえ。

「…明日、も休み…だ、もんね。」

宏嵩に釣られたわけではないけれど、成海までなんだかどもってしまった。

言葉の意味。成海はさすがに察した。過去、付き合った人がいたし、こういう状況になったことだってあるからわかる。
宏嵩はつまり、そういうことで言ってる、はず。

付き合ってから、はじめて、そういうことになるということ。

「…は…。」
「は?」
「歯ブラシ!も、持ってきてない…!あと、着替えも!」

向かい合った成海の顔は真っ赤。困ったような表情で成海は言った。
そして、暫し沈黙。

(…それって…。)

自分なりに絞り出した言葉だったが、正直どうすればいいのか自信がなかった。こういう、経験…はなかったから。どうして引き留めてしまったのか、いつも通り『またね』と言うはずだったのに。
でも、成海に帰ってほしくないと、思ってしまったんだ…。

拒否の返答だと、宏嵩は思った。

「コンビニ行きたい!歯ブラシ買いたい!宏嵩、一緒に行こ!」

立ち上がってそう言った成海はやはり顔が真っ赤だった。そんな表情、はじめて見た。
可愛いと思った。

「な、なんで…。」
「だ、だから、いいから、泊まってもいいから!買いに行きたいんだよ。あと、き、着替えも…貸してよね、なんでもいいから…。」

照れながら髪の毛を耳に掛けてもじもじとしながら言う成海。恥ずかしいのだろうか、俺と同じように…。
俺まで火照ってきた。顔が、身体が、こころが。

成海は今まで何人の人と付き合ったのか、それはわからない。いや、聞きたくなかったから、聞いてなくて。
付き合う前に愚痴られた元彼の話は、ムカつくから聞いてるようで聞いていなかった。そう言った、成海の節操の話は出てこなかったが、さすがにいろんなことを経験してるんだとわかる。俺と違って。

「…宏嵩。」

成海は両手で宏嵩の両頬を包み、半ば強引にキスをしてきた。あまりに突拍子のない行動だったから、目を閉じる余裕もなくて。ぽかんと半開きの口をしたままの、間抜けな宏嵩の顔。
唇をすぐに離した成海は、そんな顔をした宏嵩を見て、笑った。

「ほら、行こ!」

グイッと宏嵩の手を引き、立ち上がらせた。そんな宏嵩の掌に、成海の指が絡まる。指が熱い。

「いろいろ買って、置いておこうかな。クレンジングとか化粧水とか。いいよね?」

それは、つまり、これからも。
拒否じゃなかった。照れていたんだ、俺も、成海も。同じだったんだ。望んでいいんだ、これからを。

「どんだけ買い込むんだよ。」
「必要だからね!女の子は、いろいろ物入りなの。ほら、行こ。」

さっきから口元が緩んで仕方なくて、それを隠すように無駄に口元へ掌がいく。そんな俺の様子がわかってる?でも、成海も無駄に耳へ髪の毛かきあげてる。

過ぎてきた過程は違うけれど、今この気持ちは同じ?むず痒い。


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「っりがとーございやーす。」

やる気のないコンビニ店員の声を背に、俺は右手を成海の手に絡ませた。

「今の店員さんさ、滑舌悪かったね~。やる気ないのバレバレ。」

クスクスと笑いながら、成海も宏嵩の手を握り返した。

(…宏嵩、アレ、買って…なかったよ、ね?)

自分はというと、歯ブラシにクレンジング、洗顔料に化粧水と、結構買い込んだ。そういうことにいずれはなると思っていたけど、こんな急だとは思わなかった。だから、お泊まりセットなんて持ってきてないから、こんな夜の買い物。
宏嵩は何を買った?ドリンク…はなんか買ってたな、あとパンとか。でも、アレ、買ってる様子なかった…ような。

「成海。」
「は、い!」

急に呼ばれたせいで、成海の声が少し裏返った。

「大丈夫?」

一瞬、何を心配されたのかわからなかった。でも、宏嵩のことだから、このあとのことを確かめてるんだとすぐにわかった。

「何がー?大丈夫だよ。」

心配なのは宏嵩かな。たぶん、このあとのことが不安なんだと思った。
緊張する。付き合ったときもそうだったけど、今も相当恥ずかしい…というか、むず痒い。でもさ、わたしたち、恋人なんだよ。だから、不安にならなくていいじゃん。イチャイチャしよーよ。

「宏嵩、帰ろ。」

成海は宏嵩の手を改めて握った。そして、少し速い歩幅で宏嵩を引く。

(こうやって手を引かれるのって…昔から…。)

よく見た光景。成海の少し強引に引く手は、今も昔も変わらない。
付き合って、少し変わった。今夜、もう少し、変わる。

不安だ。

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「成海からシャワー浴びれば?」

ぶっきらぼうに宏嵩に言われたが、成海は素直に従った。

(上がったら…ドライヤーして…。)

上がってからどうなるのか。考える程、身体が熱くなる。こういうこと、はじめてじゃないのに、宏嵩とははじめてだから。

(さっきの…。)

ぶっきらぼうなのに、耳を真っ赤にしながら言ったさっきの宏嵩が可愛いと思って、なんだか緊張が少し解けた気がした。宏嵩は昔から分かりやすい。付き合ってからも実感していたこと。



(…どうしよ…。)

心は決まっている。けど、やっぱり不安だ。俺が決めたこと、誘ったこと、したかった…こと。
いちいち可愛いと思えてしまう成海。今日は妙に可愛い。いつもと同じようにくるくると表情が変わっているのに、いつもと何かが違う。あんな照れた成海、赤くなって慌ててる成海、知らなかった。成海のこと、まだまだ知らないんだ。

行為自体は実ははじめてではない。誰にも、成海にも、言っていない。
でも、うまくできるかな。痛い思いは、させないように…傷付けないように…。

不安だ。




洗面室のドアが開いたと思うと、バスタオル1枚巻いただけの成海の姿。目が離せなかったが、すぐに目線を外し、宏嵩は吸っていた煙草を慌てて消した。

「すぐ上がるから、部屋で待ってて。」

目を合わすことなく言いながら、宏嵩はシャワーへと向かった。

(宏嵩、照れたな。)

宏嵩の耳が赤くて、慌てた様子がやっぱり可愛いと思えてしまった。



(…覚悟、決めろ…。)

ジャーっと最大水力にしたシャワーを頭から浴びながら、宏嵩は自分に言い聞かせた。

自分で求めたこと、後悔はしていない。少なからず、こうなりたいと思っていたんだ。
することだけが恋人ではない。成海はものではないけれど、でも、自分のものにしたくて。

独占欲?
こんな感情が俺にもあったなんて。ゲームなら絶対に欲しいソフトは手に入れてきたけれど、人の…成海のこころはそう簡単なものじゃない。

付き合ってから時間が経っていても、いつまでも不安は消えやしない。俺なんかでいいのか。人生のほとんどをゲームに費やしてきたから、大切なものなんてほんの少しだけ。
これからも何事も無く、平坦に、仕事とゲームをこなし、たまに樺倉さんと飲みに出かけるくらいで、特別周りと関わりを持つこともなく、必要も感じずに。

あの日。

俺の言葉を懸命に伝えたあの日。自分で崩してしまった関係。幼なじみという立場でずっととなりに居るつもりだった。変わらなければ、成海は変わらず俺の横で笑ってくれると。居心地の良かったあの頃。でも、成海はすすんでいくんだ。俺がどう思って、恋焦がれているかも知らずに、他の男と…。

嫌だ、嫌だ。
これが独占欲。

耐えられなくなってしまったんだ。

普通の女の子がいいのか、なんて、そんなこと考えたことなかった。俺は成海が、そのままの成海が好きだと思ったから。
成海には締まらないなんて言われてしまったけれど、成海が笑ってくれた。手を、繋いでくれた。

触れることなんてないと思ってた。もう遠くへ、俺の手が届かない遠くへいってしまってたのに。それでも、今はとなりに、自然ととなりに居てくれるから。

もっと、触れたい。俺の、成海に…。


キュッとシャワーを止め、目の前の鏡に映る自分を睨みつけた。

成海が、待ってる。



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部屋、宏嵩の寝室へ入り、まだ少し恥ずかしいから、ドアに背を向けてベッドに座った。もちろん、部屋のライトは付けずに。これからそういうことになるであろうが、バスタオル1枚の姿では恥ずかしかった。

(だ、大丈夫かな!?さっきお風呂でチェックしたけど…!)

宏嵩に引かれないかな。女の子の身だしなみとして、一通りは大丈夫な…はずだけど…!
せめてピンクの日に、なんて言ったあの日以降は、宏嵩と2人きりになる時があるから、可愛いランジェリーを身につけたりしたけど…結局今日は見られることもなさそう。だって、もうバスタオル1枚。

いつだか、俺の前でも緊張してほしいと、そう言われたことがあった。宏崇だよ、昔から知ってる宏崇だから、腐女子であるわたしもそのままでいられてる。隠すようなことは…まあ、宏×樺萌えるーとかそういう性癖くらい?でも、これくらいはきっと宏嵩もわかってるはず。
それでも、そのままのわたしで…そのままのわたしが好きだって…言ってくれた。

わたしも、そのままの宏嵩が。


ガチャリと開いたドアの音に、成海は背筋をぴんと伸ばした。何も言わず、宏嵩が近付いてくるのがわかる、ゆっくりと。

「…。」
「…。」

緊張している。そんなこと、顔を見なくても、ふたりわかってしまった。

「ああああ、あのさ!」

沈黙を破ったのは、成海だった。

「わ、わたしさー、ほら、なんて言うか宏嵩くんの好みの、きょ、巨乳じゃないから!」

早口でまくし立てる成海。自分でも何を言ってるのかわからない。

「いやー、こればっかりは妥協してもらうしかないっつーか、ほらね、おっぱい星人の宏嵩くんとしてはすこーし、少しね!物足りないんじゃないかなって、いや、ごめんね~。」
「ハハッ!」

成海の言葉を遮って、思わず宏嵩は吹き出してしまった。
暗い部屋で人の顔も見ないで何を言い出すかと思えば…。こちらはそんなこと考えてなかったのに。成海は気にしてるかもしれないが、俺としては大したことじゃないのに。それを今真剣に、慌てながら言うなんて、本当に敵わないな。

「ちょ、ちょっと!人が真剣に…!」

そう言って成海が振り向くと、腰にタオルを巻いただけの宏嵩が、口元を抑えながら笑いを懸命にに堪えて立っていた。

成海はドキリと胸が熱くなった。と、同時に顔も熱くなった。

(は、はだ、か!)

そういうつもりでお互いシャワーを浴びたのだ。当たり前な格好であるのに、小さい頃にも見たことがある身体なのに…こんなにもドキドキと高鳴る。自然と、鼓動が速くなる。

宏嵩は成海のとなりへと座った。

「…はあ、おかし。」
「う、うっさい!本当のことでしょ、このおっぱい星人!」
「うん、まあ、それは…否定しないけど。」
「はあ!?ちょっとくらい否定しろよ!」

そう言いながらも、成海の口元も緩んでいた。 さっきまでの妙な緊張が解けている。
でも、なーんか。

「なーんか、ムカつく。宏嵩のくせに、余裕…。」
「余裕なんかねーよ。」

またもや成海の言葉を遮って宏嵩は言う。そして、成海の右手を掴んで、宏嵩は自身の胸へ押し当てた。成海の掌はとても熱かった。
成海の掌が、宏嵩の鼓動を感じる。

「…は、や。」

どくどくと胸を押しのけて感じる宏嵩の鼓動。それはとても速くて、まるで成海の鼓動と共鳴しているかのよう。
ふと、成海が見上げると、宏嵩と目が合った。眼鏡の奥にある瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。部屋の中は暗くとも、顔が赤くなっているんだろうなと思った。宏嵩も、成海も。

「好きな子とこういうことになってんだ、当たり前だろ。」

好きな子。
好きな子。
あ、わたしのことだ。

「余裕なんて、最初っからねーよ。」

俺ってそんなに余裕あるように見える?ただ、そうやって見せてるだけなんだ。それは昔から変わってない。成海と出会った、成海と話したあの頃から、少しも。

「あのね、わたしも。」

今度は成海の右手に引かれ、宏嵩の掌は成海の胸に触れた。宏嵩の掌も熱い。

「…速いな。」
「うん、だって、わたしも余裕ないから。」

同じだね、と成海は言った。宏嵩は返事をする代わりに、自身の左手と成海の右手を絡ませ握った。成海も握り返してくれる。

「成海。」

宏嵩は名前を呼んで、右手で成海の髪の毛に触れた。さらりと指先から滑り落ちる。いつもの成海のシャンプーとは違う匂いだと思った。

「成海。」

そのまま指先は頬に触れた。ぴくりと少し反応した成海を見ると、恥ずかしそうにこちらを見つめ返していた。

「成海。」
「ひろ、たか。」

呼び合ったことが合図となり、ふたりは目を閉じ自然と唇を重ねた。軽く触れるだけ。すぐに離したが、宏嵩はまたすぐに成海の唇を塞ぎ、そのままベッドへ押し倒した。
何度も何度も、深いキスで求め合う。

ずっと、こうしたかった。触れたかったんだ。許される関係になりたいと、そう、ずっと。

全身で、お互いの体温が熱いと感じた。