夢で逢えても
不安になる話。
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珍しく目覚まし前に目が覚め、身体を起こすと、自分の頬に涙がつたった。成海にはこの涙に身に覚えがあった、見た夢のせい。
どうして恋愛をしているときって、定期的に不安が襲ってくるのか。過去の恋愛のときにも経験したことだったが、宏嵩と付き合ってからはじめて襲われた不安。だって、宏嵩はわたしを大切にしてくれてて、想ってくれていることを、よく実感させてくれてたから…こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
成海は涙を袖で乱暴に拭った。立ち上がり、洗面所の鏡で自分を映すと、赤く充血した瞳と目が合う。なんて酷い顔。
宏嵩が夢に出てきた。幸せな夢ならこんなことにはならない。
成海の瞳にまた涙が溜まり、結局我慢できずに零れ落ちた。そんな自分を見たくなくて、水道を捻り、冷たいままの水でバシャバシャと顔をすすいだ。
出勤時間までまだ時間がある。それまでにどうにか充血して少し腫れた目をどうにかしようと思った。
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成海の様子が朝からおかしくて、気になるせいで仕事に集中できなかった。
元気も気力もない、脱力した感じ。そして、宏嵩のことを真っ直ぐに見ようとしなかった。目がすぐに逸らされる。最初のうちは二次元が原因かとも思ったが、目を合わせてくれないことが引っかかる。何かした覚えがないのだが、宏嵩は自分が何かをしてしまったのだろうかと思っていた。
ただ、社会人として仕事をこなさなければならないので、本当だったら今すぐにでも問い詰めたいところだが、ここはぐっと堪え目の前の仕事を片付ける。成海にもどうにか仕事を定時で終わってもらい、ふたりきりになりたいと思う。
『今日、俺ん家来てね(`・ω・´)キリッ』
拒否権のないメッセージを送ってみたが、昼休憩になっても既読は付けど返信がなかった。しかも、姿を探したがどこにも見当たらず、結局昼休憩終わりギリギリにデスクへ戻ってきた成海に話しかけることもできずに、午後の始業へとなってしまった。
やはり、何かしてしまったのだろうか。返信もなく、話せず、宏嵩は正直お手上げ状態だった。
…待つしかないのかな。
気持ちが沈んでしまう。
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結局メッセージへ返信はなく、定時になった。宏嵩は帰宅の準備を済ませると、周りへ軽く挨拶をしてデスクを離れた。
わざと成海の方へ向かい、後ろ姿を横目で見ながら通り過ぎる。成海はまだ仕事があるようだった。こちらを振り向くことなく、キーボードを叩いていた。
宏嵩はひとつ溜息をつき、オフィスを後にした。
バスを待っていると、ピロンとメッセージを受信した。慌ててスマホを開くと、やっと待ち望んでいた成海からの返信だった。
『ごめん、今日は帰る(^^;』
よく分からないテンションの顔文字が付いた返信の内容に大きく溜息をついて、返信もせずにスマホをしまった。
返信が来ても、状況を変えることができない。もどかしさや悲しさがどっと込み上げてくる。妙な感情、悔しいというべきか。
今日はゲームに逃げてしまおう。宏嵩はそう思いながら、到着したバスへ乗り込んだ。
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シャワーから出てくると、スマホがメッセージを受信していた。宏嵩がメッセージを開くと、それは成海からで、しかも『ごめん、やっぱり来た』と一言。
宏嵩は慌てて玄関の鍵を解除し扉を開けると、壁にもたれかかりながら小さくしゃがみこんでいる成海がいた。うずくまっていて、顔が見えない。
「成海!」
宏嵩は成海の腕を掴んで引き上げた。成海は無理矢理立ち上がらせられ、反射的に顔も上げる。
涙をいっぱい溜めた成海。
「…ごめん…。」
成海は一言小さく言うと、ひとつ涙が零れた。
そんな成海をぐいっと乱暴に引き寄せ、玄関へ入れた。パタンと扉が閉まると同時に、宏嵩は強く成海を抱き締めた。
成海は宏嵩の胸にグリグリと顔をうずめた。
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涙がようやく止まった成海へあたたかいコーヒーを淹れ、成海の前に置いた。
「落ち着いた?」
宏嵩が聞くと、こくりと縦に首を動かし、コーヒーを一口飲んだ。宏嵩も成海のとなりへ座る。
何から話そうか、考えたが成海を待つことにした。
「…宏嵩、誰か知らない女の人と腕組んで歩いてたの…。」
ポツリと成海が言ったことに、宏嵩の脳内でハテナが飛び交う。全く脈絡のない話。ひとつも身に覚えもないし、今何を言いたいんだ?
「今朝見た夢。」
夢。なんだ、夢か。全く身に覚えのないことだから、どうすればいいのかと思った。…と言っても、成海の様子がおかしいことには変わりはない。
「夢のせいで、今日朝から調子悪かったの?」
「夢だって割り切って出勤した。だけど…宏嵩の顔見たら…思い出しちゃって…。」
成海はマグカップを掴む手に力が入った。
夢だよ、夢。誰か知らない女の人と、仲良く腕なんか組んじゃって。わたしのことなんて、ひとつも見てくれなかった。わたしに背を向けてどんどん離れて行ってしまった。
夢だから、リアルでそんなことあるわけない。だって、宏嵩だよ?
…でも、言いきれない。もし、わたしに愛想つかしてどこかに行ってしまったら?リアルでだって、起きないとは限らないじゃない。
わたしの趣味だけじゃなくて、わたし自身が嫌になったらどうしよう。
そう思ったら、もうループだった。わたしがわたしを否定し続ける。宏嵩はわたしを置いて行ってしまうんだって。
愛されていることを実感しているよ、でも、それは明日になったら変わってしまう?そういうことだってありうるの、それが急に怖くなってしまって、宏嵩の顔が見れなかった。
定期的に起きる、わたしの悪い癖。夢がきっかけだった。こんなに堕ちてしまった。
「俺、不安にさせるようなことしちゃってた?」
宏嵩の一言に、成海はバッと顔を上げ、ふるふると首を横に振った。涙が頬をつたう。
宏嵩は自身ではそれはもう全身で成海が好きだと表現しているつもりだった。隠しても隠しきれない、成海への想い。正直重いと感じていないか、不安になることだってある。
できるだけわかりやすく、でも、負担に思われない程度に自重しながら伝えていたつもりだったが…夢ごときで疑われてしまったなんて。
ただ、宏嵩にも身に覚えがある。定期的に起きる不安。成海は俺でいいのだろうか。
泣かせないし、ガッカリさせないと、自分へ戒めるように言ったあの日。それは今でも変わらないし、そうであるように自分なりに努めてはいる。けれど、成海はそんな俺に不満はない?俺なんか、底辺の俺なんか、結局だめだと…そう言われたら…。
「わたし、怖くなっちゃって…!わたしの気持ちが宏嵩にとって…重くなっちゃったら…。」
受け止めきれなくなって、飽きられちゃったら。 そのときは夢のように誰かわたしじゃない人とすすんでいくの?
嫌だ、嫌だ。そんなの嫌だよ、宏嵩はわたしといてほしいよ。一緒にいてよ。溢れてしまう、止まらない。
「重くないよ。ひとつも思ったことない、大丈夫、安心してよ。」
宏嵩は成海の持っていたマグカップをテーブルへ置くと、両手で成海の両手を包み込んだ。
「俺はどこにも行かない、俺が一緒にいたいのは成海だから。成海が俺にどっかに行けって言わない限り、俺は変わらず一緒にいるよ。」
成海の涙がぽたぽたと宏嵩の両手に落ちてくる。
「一緒にいて。」
「うん。」
「どこにも行かないで。」
「成海を置いて行かないよ。」
俺の想いの丈を思い知ったらいいのに。そんな簡単に、易々と離れるつもりは毛頭にないよ。
「成海も俺を置いて行かないでよ。」
過去に一度離れた時、置いて行かれた気分になった。自分から離れたようなもんなのに、なんて自分勝手なんだ。でも、今また交わってる。今度は絶対離さない、この両手に伝わる熱は俺だけのもの。
「置いて行かないよ。わたし、宏嵩にいてほしいの。」
「大丈夫、傍に居るよ。」
成海はまたひとつ涙を流すと、宏嵩の胸にもたれかかった。宏嵩の両手は成海の背中へ周り、ぎゅう、と強く抱き締める。
「…ごめんね…わたし、めんどくさいね…。」
「そんなこと思ってないよ。」
「宏嵩がわたしのこと好きなの、充分わかってるの…。」
「でも、不安になったの?」
「夢のせいにしていたい。」
成海は宏嵩の背中へ両腕を回した。ぎゅう、と力をめいいっぱい込める。
「成海。」
名前を呼ばれ、成海は少し顔を上げ、宏嵩と見つめ合った。
「宏嵩、ごめんね…。」
「もう謝らないで。謝るようなことじゃないよ。」
「でも…。」
疑ってしまったんだ。少なからず宏嵩は気にしてしまう。
「じゃあ、成海の俺への気持ち、言葉にしてよ。それで俺は満足。」
「好き。」
被せるように成海は食い気味に言った。そして、唇を押し付けた。
「宏嵩、好き。」
「うん。」
宏嵩は成海の後頭部を引き寄せ、唇を押し付けた。
「明日には、いつも通りになるから。」
「そうしてくれると嬉しいな。」
少し離れると成海がそう言ったので、宏嵩は落としたように控えめに笑った。成海もつられ、口元が少し緩む。
もう一度キスをする。少し離して、今度は深く。何度も繰り返して、お互いの肌から、全身から、こころが伝わればいいと思った。