夜を駆ける
[その欲深さは罪なのか]
こちらのきっかけの話。
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「なると二藤くん、付き合ってる説流れてるわよね。」
久しぶりに花子とサシで飲み。相変わらず酒に弱い花子だが、飲んでああやって収拾つかなくなるのは実は樺倉の前だけだと知っている。テンション上がって、恋バナにいくのは平常運転だけど。
「それ、否定しといてね、花ちゃん!ヲタバレは避けたいから、どうしても付き合ってること知られたくないの。」
「そんなに否定しなくてもいいじゃない。」
成海はビールをぐいっと飲み、んー、と唸る。
付き合ってることイコールヲタバレとは確かにならないかもしれないが、心配要素は小さくても摘み取っておきたいもの。
「…二藤くん、案外狙われてたらどうするの?好物件だもの、女が寄ってこないとは言いきれないでしょ。」
「…そりゃ、そう、かも…だけど。」
眼鏡が壊れたときの宏嵩は、物珍しさもあっただろうが、確かに女の子の視線が刺さっていたのは事実。当の本人は全く気付いていなかったが、無自覚で近づく宏嵩にイラつきを覚えたのも事実。
「…でも、職場で付き合ってることバレると、いろいろ面倒っていうか…。」
前の会社のとき、元彼との間のことが未だにしこりとして残っている。
宏嵩と別れるとかなんて、毛頭に考えてはないけれど…何かあって気まづくなって、周りに迷惑を掛けたくないのもある。…でも、まずはヲタバレだけは避けたいのが一番の本音。
「なるってさ、好きなこと我慢したくないって言う割に、そこは表に出さないのね。」
「そ、そうかな?自分だとそんなこと思ったことないけど…。」
「二藤くんのこと、我慢してるでしょ?」
宏嵩が友達を作ることが自分の中では何より嬉しかった。周りのことに興味を示さず、そこは昔から変わってなくて、同じ会社・部署になってから見ていたけれど、それはやっぱりブレてなかった。
そんな宏嵩が周りと関わることを否定しなくなったことは、嬉しい。
それは、幼なじみを超えた彼女としても。
「…花ちゃんは樺倉先輩に我慢してないの?」
「付き合ってからそれなりに時間も経って…なんて言うの?こう、気持ちが大きくなってこない?めちゃくちゃ側に居たいし、一緒に居たいって募った時期があってね。」
まあ、今もだけど、と小さく付け加える。
「でも、それを見せるのが…プライドだったのかな?デレデレしてる自分のこと見せたくなかったって言うか…ウザイって思われたくなくて、セーブしたときがあったのよ。」
花子はビールを少し飲み、頬杖をつきながらどこか遠くを見ていた。
「そしたらさ、樺倉が逆に怒っちゃって…。勝手に俺の気持ち決めつけるな、我慢される方がきつい、って。」
花子のツンデレっぷりは成海もわかっていたし、それに対して樺倉がそう言ってくることも想像できた。結局、想い合ってた、ただそれだけのこと。
「それからはもう隠すのやめたのよ。会いたいときは会いたいって言うし、急に押しかけてみたり…。最初のうちはこれでいいのかなって…やっぱり引っかかってたけど、樺倉って…ほら、許してくれるから。」
花子は少し微笑みながらビールを飲む。そんな表情に、つい成海もつられてしまった。
「我慢したくないのはわたしも同じ。今じゃ、樺倉がアニメ見てても、やっぱりわたしのこと構ってほしくなるから、ちょっかい出したりするわよ。」
そんな花子の様子が目に見えておかしくなる。きっと樺倉の反応もわかりやすい。文句を言いながらも、花子を受け入れてる。
成海は一気にビールを飲み干すと、呼び鈴を鳴らしてまたビールを追加した。
「成海が我慢できない趣味の話は充分わかってくれてるんでしょ、でもさ、なるを見てると…二藤くんに対して我慢してることあるんじゃないか、って思ったのよ。」
花子が鋭い。返す言葉が見つからず、運ばれてきたビールを半分一気に流し込んだ。胸が熱くなる。
「…宏嵩に対して不満じゃないよ、ただ、わたしが…。」
好きなことを我慢できないしたくないのは昔から。それ自体を宏嵩に咎められたことも飽きられたこともなかった。過去に付き合った人達は、もちろん受け入れるわけもなく、だから、別れたんだ。
楽だから一緒に居るのかな、そうじゃないよ、今のわたしはそう言える。はじまりはそうだったかも…しれなくとも。
「わたし、怖いのかな…宏嵩の優先順位が知りたくないのかも…。」
ゲームとわたし、そんな馬鹿な秤に掛けたいわけじゃない。お互い好きなことをやりながら、同じ空間と時間を共有する。それが今までは充分だった。
だけど、今は、今は…。
「物足りなくなったんじゃない?共有するだけで時間が過ぎるのが…二藤くんに対する欲が出てきたってことじゃない。我慢しなくてもいいと思うけど。」
花子はにんまりしていた。わたしたちふたりの関係をもどかしいと言っていた花子にとっては、成海の欲が嬉しく感じているようだった。
「…花ちゃんってお姉ちゃんみたい。」
「あら、そのつもりだったけど。」
花子の言葉に、成海はつい吹き出してしまった。それにつられ、花子も微笑んだ。
「怖がってちゃ、何も進まないわよ。二藤くんの気持ち、勝手に決めつけてもだめ。好きならぶつけてみることも必要よ。」
宏嵩自体、いつも真っ直ぐだ。突き放すこともなく、受け入れてくれる。それが全て受け身というわけじゃなくて、ちゃんと宏嵩の欲も示してくる。
「というか、普段の二藤くんは正直わかりづらいけどさ、なるのことに対しては二藤くんってわかりやすいわよね。」
「どゆこと?」
「なるのこと一番に気付いてたり、なるとの時間大切にしてるなってすぐわかる。」
テーマパークのときの宏嵩…それは成海へは伝えないが、相当好きで向き合いたくて無理してたんだなと花子は思っていた。そして、宏嵩を見ていると成海のことを大切に思っていることがダダ漏れだと、この間樺倉へ話したばかりだった。…樺倉は気付いていなかったが。
「そういうこと言われると、なんか照れる…。」
普段の宏嵩からはそんなに感じていなかったが、ふたりきりの時間…特にセックスをしているときはそれはもう勿体ないくらいに感じていること。これは花子にさえ、教えたくない。どれだけ宏嵩が愛してくれてるかってこと。甘ったるいあの状況。隠すことなく、真っ直ぐ全身で伝えてくる。大切に想われていると、からだを重ねるたびに嫌ってほど思い知らされるのだ。
それが嬉しいから、わたしも全身で返してる、つもり。
成海はまた一気にビールを流し込み、呼び鈴を鳴らしておかわりを頼んだ。
「ちょっと、飲み過ぎじゃない?」
「だって〜…。」
成海はテーブルへうなだれた。
宏嵩への想いは、日に日に強くなっていくばかりだ。それは宏嵩は気づいているのか、それはわからないが…これは良くない想いの募り方。時間を共有するだけでは満足できなくなってる自分がいるのだ。ゲームを中断してほしい、ゲームよりもわたしを構ってほしい…結局自分勝手。わたしなんて締切前は特に宏嵩を待たせっぱなしなのに。
花子は我慢しなくていいというが、これを宏嵩へ伝えたときの…宏嵩がもしわたしを拒否したら。
過去のことが、まとわりつく。
「素直になりなよ、今付き合ってるのは二藤くんでしょ。」
今日の花子は本当に鋭い。そう、今付き合っているのは、宏嵩。過去のことは宏嵩には関係ない。
成海は運ばれてきたビールをごくごくと流し込んだ。その勢いのある飲みっぷりに、花子は圧倒される。成海はとろんとした表情をしながら、頬が赤く染まっていた。自分が久しぶりに酔っていると実感する。
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「かばくらー!泊まるからー!」
「わぁーた!うるせえ!」
成海に感化されたようで、花子もその後おかわりをし、結局へべれけ状態に。成海は樺倉に電話をし、迎えに来てもらった。
「悪いな、桃瀬。」
「いえいえ!今日はわたしが付き合ってもらっちゃったんで!花ちゃんのこと、お願いしますね。」
成海自体もだいぶ飲んだせいで、顔が熱くきっと真っ赤だ。そんな様子の成海を樺倉はあからさまに心配している。
「お前も結構飲んでんだろ?送って行こうか。」
「反対方向なのに、悪いですよー!花ちゃんもそんな状態ですし、早く寝かせてあげてください。」
「でも…。」
「ここから宏嵩ん家の方が近いんで、このまま宏嵩ん家に行きますから大丈夫です!」
成海はにんまり笑って言うので、樺倉はそれに従うことにした。
「じゃあ…なんかあればいつでも連絡してくれていいからな?」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
本当に面倒見がいいな、と思いながら、樺倉と花子の後ろ姿を見送った。樺倉へ“宏嵩ん家へ行く”なんて言ったが、ひとつも連絡してないのに、言ったら迷惑だろう。たぶん、というか、絶対ゲームにのめり込んでいる。
ただ、樺倉と花子の様子を見ていたら、無性に宏嵩に会いたくなった。不安が付きまとうせいで、顔を見たいし抱き締めてほしい。
安心したい。安心させて欲しい。
成海は少し足速に歩き出す。一刻も早く、宏嵩に会いたかった。急に押しかけて、迷惑に思われても…それでもいい。
でも、宏嵩の顔を見たら、きっと泣いてしまうかも。