過去の話
宏嵩の過去の話。
思いっきりわたし設定詰め込んでます。
━━━━━━━━━━━━━━━
大学に進学してから相変わらずゲームが大半を占めていて、その他と言えば、単位を落とさないくらいの講義や、やらないと死んでしまう新作ゲームや周辺機器を購入資金と一人暮らしの生活資金のためのバイト。高校のときと違って、こうも忙しいとは。
必要最低限の講義を受けて、隙間時間は常にソロプレイのゲームプレーヤーはもはやデフォ。友達と呼べる人なんかもちろんおらず、顔はなんとなくわかっても名前は覚えていない。
それでも、支障を感じたことは無かった。
宏嵩はバイトまでの時間をある程度大学で潰し、ぼちぼち向かうか、とキリのいいところでゲームを終わらせた。スマホの時計を確認しながら、廊下を歩く。
「あっ!」
甲高い声と共に、バサバサーっと書類が廊下に落ちる音がした。
宏嵩が顔を上げると、目の前にはぶちまけられた書類を慌てて拾い集める女性がいた。
「ありがとう。」
さすがに目の前、進行方向を塞ぐくらいの書類達を無視して進めるほどの性格は持ち合わせてはいないので、スマホを鞄にしまって書類を拾い集めた。
「助かったわ。」
宏嵩の集めた書類を受け取った女性を、ようやく宏嵩は認識した。
「いえ、じゃあ、俺はこれで。」
「うん、どうもありがとう。」
おそらく年上、先輩。ぺこりと軽く一礼して、宏嵩は女性の横を過ぎ、スタスタ廊下を進んだ。
栗色のストレートロングヘアに大きな瞳。お礼を言いながら笑っている女性にすげー美人、と素直な感想を持った。
そして、ある人を思い出させた。今、どこでどうしてるかわからない、忘れられない幼なじみ。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
トントン、と肩を叩かれ、宏嵩は振り返った。名前はわからないが、さっきまで俺の前に座って講義を受けてた同期のうちのひとり。
宏嵩はイヤホンを耳から外して、なに?とこたえた。
「二藤、お呼びだよ。」
そいつの指がホールの入口を指していた。
このあともここのホールである講義を取っているので、それまでイヤホンを付けてゲームをしていたときのこと。
呼び出し?誰から?
呼び出された相手が誰かもわからぬまま、宏嵩はホールを出ると、女性がひとり立っていた。
「昨日はありがとう。」
ニコリと笑いながら言う女性。お礼を言われたが、宏嵩の知らない人。昨日って…なんだっけ?
「え、覚えてない?ほら、書類拾ってくるたじゃない。」
宏嵩の反応があまりにも悪かったので、女性は覚えていないことに驚いていた。
昨日はバイトが長引いて、ゲームをプレイする時間もズレて、今日は寝不足で。興味のないことは覚えていない。
けれど、思い出した。
「…ああ。」
「思い出してくれた?」
書類を盛大にぶちまけた人だ。美人だという印象と、似てないはずなのになんとなく似ていると思った印象。
「…え、なんすか?」
というか、何のために俺は呼び出されてる?お礼なら昨日言われたし。何か気に触ることでも言った?
「探したんだよ、昨日名前聞きそびれちゃったし、たぶん2年かなーって予想だけで、朝から探してたの。やっと見つけた。」
いや、だから、探された理由がわからない。疑問しか出てこず、言う言葉を考えていると…。
「わたし、なるみ。」
「なるみ!?」
思わず過剰に反応してしまった驚き。その反応に少し不思議そうな顔をしたが、
「鳴海ゆかり、4年の××部よ。」
彼女はそう名乗った。
「…に、二藤、宏嵩、○○部です。」
彼女の自己紹介につられ、宏嵩もこたえた。そのこたえに彼女はにっこりと満足そうに笑った。
「二藤宏嵩くんね、覚えた。」
彼女はまた来るわね、と手を振りながら言い、スタスタと行ってしまった。一体何が何だかわからない。何がしたかったんだ?
宏嵩は疑問しか残らないこのやりとりにモヤモヤしながら、自分が座っていた席へ戻った。すると、一連のやりとりを見ていたやつらから声をかけられる。
「二藤、鳴海先輩と知り合いなのか!?」
「ちょ、俺にも紹介してくれよ!」
「え、ちょ、別に知り合いじゃ…。」
「あの鳴海先輩と知り合いなんていいなあ!」
知り合いではなく、昨日のことを説明しつつ、あの人がどういった人なのかを聞くと、どうやら大学内でもなかなかの有名人だった。宏嵩も思った美人という外見はもちろんだが、人当たりも良く頭も良いらしい。そして、男性からの支持を集める一番の理由は…。
「自他共に認めるヤリマンでさ、本人も平気で口外してるうえに、大学内でも気に入った男がいれば普通にヤっちまうんだと!」
「見た目はそんな派手な感じじゃねーのに、実は私生活は乱れてるなんて…ギャップしかねー!」
彼女の素性を教えてくれつつ、自分たちもそのお相手に選ばれたいなどと願望までご親切に聞かされた。
とりあえず彼女…、鳴海先輩のことはわかった。が、やはり俺を探す理由にはひとつもなっていない。昨日書類を拾い集め、特別なことも言わず別れたはずなのに、どうして?
結局疑問しか残らなかったし、頭の隅でちらつくある人を思い出したせいで、次の講義に集中できなかった。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
「二藤くん。」
バイトもなく今日は結構やり込む時間が取れそうだから早く帰ろう、家へと向かうために校内を歩いていると、後ろから話しかけられた。振り向くと、
「…鳴海、先輩。」
「今日はもう授業ないの?」
「はい、ないので、今日は帰ろうと。」
また来るね、と言われてから数日が経っており、奇妙なやりとりはあの人がからかってたんじゃないかと思い、ほとんど忘れかけていた。
「じゃ、予定ないんだ?」
「ま、まあ…ないと言えば…。」
ないと言えばないが、あると言えばいくらでもある。やりたいゲームはいくらでもあるから、予定はビッシリと言っても嘘ではない。
「じゃあさ、飲みに行こ!」
「え!?」
「ほら!行くよ!」
彼女に左手首を捕まれ、強引に引っ張りズンズンと足早に歩き出したせいで、宏嵩も従うしかなかった。なんて強引なんだ、俺の話も予定も聞かないで。嘘でも予定があるとはっきりしてしまえばよかった。
振りほどこうと思えばできたのにそれしなかったのは、この女性と出会ってから何かとちらつく数年前の記憶のせい。こうやって、腕を引かれた既視感。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
「飲めばいいのに。」
「苦手なんで。」
連れられて入った居酒屋で、彼女は言った。彼女の前にはビール、俺の前には烏龍茶。お酒というかビールも経験していたが、喉が焼けるような感覚と苦さがどうしても慣れず断念していた。
テーブルに備え付けられていた灰皿を引き寄せ、宏嵩は煙草に火を着けた。
「あ、すんません、吸ってもいいっすか?」
火を着ける前に断っておけばよかったが、彼女はいいよ~と軽くこたえ、自らも鞄から煙草を取り出し火を着けた。
「お酒は飲まないのに、喫煙は普通にするのね。」
結構前から吸うようになっていた煙草。はじめて吸ったときは不味くて咳き込んだけど、なんだかんだで量が増えていった。
「とりあえず、乾杯。」
「かんぱい。」
彼女は自分のグラスをカーンと宏嵩のグラスに当てると、ぐっぐっと一気にグラス半分を飲み、煙草をふかす。そんな彼女を見ながら、宏嵩も烏龍茶を一口。
半強制的に連れられ、彼女と飲み交わしてはいたが、この状況がどうしても違和感でしかなかった。
彼女は大学での話やバイト先の話など、一方的に話していたが、宏嵩の頭の中では疑問しか思い浮かばず、話がほとんど入ってこない。
というか、宏嵩がこの人がどうしてあいつを思い出させたのか、やっとしっくりきた。顔のパーツとか、体格だったり、全体の雰囲気とかがどことなく似ているのだ。とても似ているのではないが、よく言うなんとなくという感覚。
もちろん、“なるみ”という名前がやり一層意識させられたのはあるが。
「あ、の。」
「ん?」
彼女の話が途切れたのを見計らって、宏嵩は割入った。
「俺に…なんか用とかあったんすか?」
「用?」
同期達、というより大学内の“噂の”有名人が、どうして俺なんかに構う理由がある?初対面はあの書類を拾い集めたとき。そのときの俺が年上に対して生意気だったとか?文句のひとつでも言ってやろうとか、そういうことならさっさと言ってほしい。生煮えのようで、非常に気持ち悪い。
「なんで俺に構うのか、意味不なんですが。」
そんな俺を見ながら、彼女はニヤニヤと笑いながら新たに煙草へ火を着けた。
「わたしね、二藤くんの顔が超絶!どタイプなの!」
「っ!?」
一口含んでいた烏龍茶をつい吹き出しそうになった。懸命な我慢によりそれは阻止されたが、思わぬ彼女の理由に謎が謎を呼ぶ。
「書類を渡してくれたときにまじまじと顔見たときに、眼鏡の奥の伏し目がちなタレ目とか、何考えてるのか分かりづらそうな表情とか、長身だし指も長くてさー、もうわたしのドンピシャなの!」
早口で一気にまくしたてた彼女に、宏嵩は圧倒され突っ込む余裕もない。この人、口を開いたかと想えば何を言ってんだ?というか、褒められた感じもない。
ポカーンと口を半開きにして言葉を失っていた宏嵩。彼女はおもむろに眼鏡を取り上げた。
「ちょ、なに…!」
「ほら、超好み。」
眼鏡を取り上げてしまったせいで彼女の表情はわからないが、すぐに眼鏡を返してくれたので掛け直すと、彼女は満面の笑みでこちらを見ていた。
「てゆうか、わたしのこと、友達から何か聞いてる?」
ふぅーっと煙を吐き出し、ビールを一口。
“わたしのこと”というのは、おそらく、いや、確実にあのことだろう。同期達がご親切にもその中に選ばれたいと願望まで言っていた、彼女の私生活のこと。
「…友達いないんで。」
宏嵩も新たに煙草に火を付けて言った。否定も肯定もせず、とりあえず友達がいないことは本当なので。
「どこまで知ってるかわからないけど、別にわたし、どう言われようが全然気にしてないんだ。とゆうか、全部ホントのことだしね。」
深く煙草を吸い込んで含んだ大量の煙を吐き出しながら、彼女は煙草を灰皿でもみ消した。
「セックスなんて、わたしからしたら挨拶みたいなもんよ。相性が合えばお互い気持ちよくてラッキーって思うし、悪かったら早く切り上げればいい。恋人じゃないとできないことじゃないって思ってるの。…まあ、このことはなかなか理解されないけどね。」
こんな人混みの中、この人は堂々と何を言っているんだ?
唖然としている宏嵩など気にせず、ビールを全て飲み干すと、呼び出しボタンを押して、すぐに駆け付けた店員にビールを頼んだ。
「セフレはいるけど、特定の人は作らないの。ワンナイトの方が気が楽だし、何よりそのときめちゃくちゃ燃える。」
ニヤニヤと笑いながら言う彼女へ、チラチラと周囲の視線が注がれていることに宏嵩は気づいた。そして、話の相手をしている自分自身にも。
店員がビールを持ってくると、ありがと、と短く言って、またビールを一口飲んだ。
「二藤くんさ、彼女いる?」
本当に唐突だな、この人は。全く話の文脈がない。さっきの話とこの話は繋がってるの?
「いるように見えます?友達もいないぼっちだし、俺、ゲーオタなんで、まあ、寄ってくるわけないっすね。」
宏嵩は吸わずに放置していた煙草を吸い、すぐにもみ消した。数回も吸っていなかったが、放置していたせいでほとんど燃え尽きていた。
「彼女いたことも?」
「ないっすね。」
「ひとりも?」
「いないです。」
「じゃあ、童貞だ。」
宏嵩は少し顔を上げ、彼女を見るとやはり微笑みながらこちらを見ていた。
「童貞だね。」
打って変わって不敵な笑みを浮かべながら断言してきたことに、宏嵩は少しいらつきを覚えたが、結局のところ本当のことを言い当てられてしまったので、否定もせずに目を逸らして烏龍茶を一口飲んだ。
「わたしね、誰彼構わずセックスしてるわけじゃないのよ、わたしにも相手に求める項目くらいあるの。俺様過ぎないとか、わたしのことを物みたいに扱わないとか。」
指折りしながら言う。顔のタイプはもちろん、束縛してこない割り切れるということも重要だと、これまた親切に教えてくれた。
「でも、特に好きなのがさ。」
ビールのグラスを持ち、にっと口角を上げる。
「童貞くんとのセックス。」
宏嵩はまた一口烏龍茶を飲む。
「童貞くんのこう、純粋にわたしを求めてくるところとか、わたしをどうしたら喜ばせられるのかとか、真剣にセックスに取り組んでくれるところが最高に好きなの。」
あいつと似ているようで似ていないこの彼女の話。一通り聞いたのだろうが、結局のところこの話の終着点が見えなかった。
「あの…すいません、話が見えないんですが。」
住む世界がまるで違う。からかわれたようなものだ、早く切り上げて、早く帰りたくなり、要約してくれと言わんばかりに直球で質問する。
「まあ、つまり、わたしとセックスしよう、って話。」
煙草に火を着けながら、彼女は淡々と言った。宏嵩のこたえを待たずに、続ける。
「わたしは顔がタイプで童貞の二藤くんとセックスがしたい、二藤くんはわたしとセックスして、晴れて童貞卒業する。どう?」
どう、と聞かれても…。
あまりに唐突である意味無神経な要望に、宏嵩はどう返して良いかわからずまた烏龍茶を飲もうとしたが、気がつくとグラスは空っぽだった。
「もしかして、はじめては愛する人に捧げたいタイプ?」
「い、いや、別に…。」
「それとも、わたしじゃ不本意?」
「そういうことでも…。」
「好きな人がいるとか。」
「別に…。」
「忘れられない、“なるみ”がいるとか。」
宏嵩は目を見開きながら顔を上げると、彼女とバチッと目が合った。
「わたしが名前を言ったとき、妙な反応したからカマかけちゃった。わたし、いろんな人見てきたから、こういうの敏感ってか感じちゃうの。」
「…別に、忘れられないとか、そんなキモいこと思ってないです。」
「でも、忘れられないし、好きなんでしょ?」
「好きじゃないです。」
彼女の言葉にかぶせて強く否定した。拗ねたように宏嵩はそっぽを向きながら、改めて煙草に火を着けた。
「…わかりました。しましょう、セックス。」
「ホント?」
半ばヤケクソだった。煽られたことは重々承知だったが、この挑発に乗ってやろうと思ったのだ。たぶん、上手いこと彼女に乗せられたのだろうと感じながら。
「じゃあ、これからホテル行こうよ、わたしがホテル代出すから。」
「それくらい俺が払います。」
「いいよ、わたしが二藤くんの時間を買ったと思ってよ。」
この女性は宏嵩の人生の中で誰の型にも当てはまらないと思った。
彼女は呼び出しボタンを押すと、駆け付けた店員にビールを頼んだ。
「先輩、グラス入ってますけど。」
「わたしじゃなくて、二藤くんの分。」
「俺、飲まないって…。」
「お酒の味を覚えなさい。ここで飲めば、気持ち高まるしさ。」
なんて強引なんだ。自分の欲求を満たすのが最優先なんだろうが、こんな人の言うことを聞いてしまった自分を少し後悔した。
「なるみってどんな子?」
「忘れました。」
「好きなんでしょ?」
「好きじゃないです。」
宏嵩の目の前に店員がビールを置いた。彼女がまたも短くお礼を入れる。
「好きじゃない。」
宏嵩は低い声で否定し、ビールを一気に半分飲んだ。人生で2度目の酒はとても苦くて、これをなんで美味しいと思うのか分からなかった。
煙草のときもそう思ってた。
「…まあ、わたしはどっちでもいいけど。ほら、早く飲んで行こう!」
彼女が残っていたビールを一気に飲み干し、宏嵩ももう一度飲めるだけ飲んだ。苦くて、喉が焼けるように熱かった。
煙草をふかしながら、ビールをもう一口。…ビールと煙草は合うかもと思い、それを繰り返して飲み干した。
[newpage]
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
次の日の朝、彼女はいそいそと化粧などを済ませ、チェックアウトの時間も待たずに帰って行った。『わたしひとり楽しんじゃったけど、いいセックスできたよ』と言い、ホテル代まで置いていってくれた。
ひとり残されたラブホテルの一室。自身は裸で、広いベッドの下には昨夜脱ぎ捨てた洋服。ベッド横のゴミ箱には、昨夜の使用済みがティッシュに包まり捨ててある。結局、3回もした。
もう一度寝てしまいたい衝動を抑えつつ、宏嵩はゆっくりと立ち上がり、目覚まし替わりのシャワーへと向かった。
(セックス、って…あんなもんなんだ…。)
頭からシャワーを浴びながら、宏嵩は思った。
もっと、夢中になるものだと思っていた。中学、高校ともなれば、こう言った所謂下ネタも当たり前に日常飛び交う。友達がおらずとも、周囲の会話は聞こえてきてたから、あのときどんなにセックスがいいモノで、何度でもしたい、次はいつするか…そんなイメージがついてたから。
いざ、昨夜してみると、確かに気持ちイイ。女性のナカが熱くて、彼女が腰を振って与えてくる刺激は本能的に果てさせた。
でも、この空虚感はなんなんだ?何も満たされず、空っぽだ。
『なるみ、って呼んで。』
彼女は最低なことを言ってきた。代わりに『ひろたか』と呼ばれ、目を両手で塞がれる、なんとも酷いプレイをさせられた。最低だと思いつつも、結局俺は従った。何度も『なるみ』と呼び、『ひろたか』と何度も呼ばれた。何も満たされず、結局残ったのは酷い焦燥感だけ。
最低だ。
キュッとシャワーを止め、頭から垂れる滴り落ちる雫を虚ろな目で見ていた。ふと鏡を見ると、なんと酷い自分の顔。疲れきってるというか、なんと言うか生気がない。
『好きなのに、なんで追いかけないの?』
最後の行為が終わったあと、彼女はしつこく聞いてきた。好きじゃない、と言っているのに、譲ろうとしなかった。
別々の高校へと進み、中学最後の日には『家近いし、そのうち会ったらまたゲームしに行くね』なんて言っていたあいつ。結局会うことはめっきりなく、きっと俺と同じように趣味に夢中なんだと思っていた。思い決め込んでいた。自分から誘えるほどの勇気は持ち合わせていなかったから。
そうした中で駅で見かけたあいつ。声を掛けようかと思ったら、あの笑顔はとなりの知らない男へと向けられていた。
そうだ、あいつはそういうやつだ。俺なんかより大切なものは多くて、当たり前に周りと馴染んで、進んでいく。当たり前なこと。ゲームさえあればいいと、極端に周りを拒絶してきたのは俺じゃないか。
もう、追いつけなかった。元にも戻れない。後悔したって遅い、焦がれた想いに蓋をしなければならなかった。首を締めたのは自分自身じゃないか。
今はどこで何をしているか、わからない。きっとあの笑顔は別を向いている。俺と過ごしたことなんて、思い出すことは無いだろう。
自分が大嫌いだ。
もう、こんな虚しいセックスはしない。このまま変わらずひとりでいた方が、こんな想いはせずにいられるんだから。自分を守って何が悪い。
俺はまた、蓋を締めたんだ。もう二度と開くことはないように。
なのに、あの日、出会ってしまった、運命を呪った。