小説置き場(宏成:名古屋)

『ヲタクに恋は難しい』宏嵩×成海 激推し小説書いてます

触れたかったんだ

宏成初小説です。


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「…ふぅ…。」

いつも通り、通常通り、クリアしたゲーム。一息つきながら、背を伸ばして固まった肩を回す。ふと横を見ると、隣にはソファーに横たわりながらBL本を読んでる成海がいる。真剣な表情をしながら、でも、瞳が潤んでいる。漫画を読んで感情移入する成海。これもいつも通り、通常通り。

成海の好きはいつだって全力だ。笑って、泣いて、怒って…とにかく感情がくるくる変わる。成海を見ていて本当に飽きない。それは今も、昔も。

「なーに見てんの、宏嵩。」

俺の視線に気づいた成海が目を擦りながら文句を言った。どうやら恥ずかしかったようだ。

「あ、いや、泣きながら読んでるから。」
「だってー!もうね、めちゃくちゃ良作だったんだって!推しちゃんの切ない表情可愛くてさー!そんな表情にさせる受けちゃんのセリフ…もう尊っい…!」

キラキラと目を輝かせながら話す成海を俺はもう止められない。さっきまで潤んでた瞳がまるで嘘みたいに。本当に見てて飽きない。

「なに笑ってんだよ。」

つい緩んでいた口元を慌てて手のひらで隠した。成海が少し照れたようにぶっきらぼうに言うが、そんな成海の口元も緩んでいた。

「んー!もうこんな時間か、気づかなかった。」

窓の外は暗くなっていたが、お互いゲームに本に夢中になるものがあると時間をつい忘れてしまう。ふたりのオタクという日常ではよくあること。

「…腹減ったな。」
「わたしも。あと、なんか飲みたーい。宏嵩、飲み物貰うよ。」

成海は俺と同じように固まった肩をほぐすように、んーと背を伸ばしながら立ち上がって冷蔵庫へ向かった。

成海と付き合うようになって、成海が俺の部屋に来るようになって、こういったことが増えた。成海が俺のスペースにいる、こういった感じ。
別に人が嫌いなわけじゃなかったが、人と関わりを持つことがなくとも特に不便と感じたことなんてなかった。ゲームさえあれば、ゲームさえやれればそれでよかった。
それなのに、特別関わることもなかったのに、樺倉さん含め小柳さんまで関わることが多くなったのは…。

「ほい、宏嵩の分。」

冷蔵庫に入っていた缶ビールを飲みながら、成海は俺に差し出した。受け取ったと同時にカシュッとタブを開けてくれた。

「かんぱーい!」

成海はニカッと笑いながら缶と缶を軽く当てた。また一口飲み、うまーいと言いながらテレビを付け、また一口。良い飲みっぷり。釣られるようにビールを一口、冷えたビールが喉を通る。

「なんか食べに行く?それかなんかデリバリーでも頼む?」
「んー、出るのめんどい、ピザ頼もうぜ。」
「それいいね!じゃあさ、それ食べながらコレしよ!」

テーブルの上に乗っていたコントローラーを差し出して、成海は言った。くるくると変わる表情を見ていて、素直に可愛いと思った。

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「ちょ、ちょっと!やばいやばい!宏嵩やばい!」
「あ…。」

慌てたのもつかの間。成海の操作ミスによりゲームオーバー。思いもよらない操作ミスがおかしくて、俺はつい笑ってしまった。

「今の落ち方、ウケる。」
「ちょっとー!そんな笑わなくたっていいでしょー!」

あまりにも笑う宏嵩に、ソファーのクッションを成海は投げつけた。ごめん、と言いながらも笑いをこらえる宏嵩の肩を成海はペシッと叩いた。

「…宏嵩さ、最近よく笑うようになったよね。」

成海が俺を覗き込みながら、ふと切り出した。優しく笑いながら話す成海の予想できなかった話に、俺は驚いた。成海は俺の目の前に座って少し笑った。

「なん、急に…。」
「わたしはさー、昔からの付き合いだし、笑ってる宏嵩はよく知ってるけど。花ちゃんとか樺倉先輩なんかは宏嵩の笑ってるとこ見られて嬉しいみたいだよ。」

表情自体は俺自身もない方だろうと感じていた、昔から。人と関わりを特別持たなかったから、必要と感じなかったし、その前にどうすればいいかもわからなかった。
でも、成海には、昔から。

「…こんなにも表情豊かなのに。」
「ど、こ、が、よ。この無愛想。」

成海は俺の両頬を上下に動かしながらつねった。

「わたしもそれは感じてたんだよ。」

ぱっと両頬を離して、柔らかく成海は微笑んだ。そして、横に座り直して宏嵩の肩に頭を置いた。

「なんて言うか、随分柔らかく笑うようになったな~って思ってたし、みんなのことよく見るようになったって。」

成海が近い。成海の表情は見えないが、触れる肩が熱い。

「良い事だよ、わたしも嬉しい。」

少しこちらを見ながら言う成海の柔らかい笑顔に、俺の右手が触れる。そして、少しつねってみた。

「つねるなよ。」

柔らかい頬。成海も少し熱い。つねっていた指を離し、もう一度頬に触れた。今度は滑らせるように、優しく。
こんなにも簡単に触れられる。こんなにも近い距離を誰が予想できただろう。こんなにも近くにいれると思ってもみなかった。

「おかえし。」

自分ではそんな実感はない。そんなに笑うようになってる?でも、成海が言うならそうなんだろう。そして、俺の変化をくれたのは…。

「成海。」

名前を呼ぶと、成海の大きな瞳と目が合った。そして、顔を赤くしながら成海は目を閉じる。普段は鈍感な成海も、俺が何をしようとしたのか察したよう。

「成海。」

もう一度名前を呼んで、俺も目を閉じながら、軽く成海に口付けた。すぐに離して、目を開けると成海の大きな瞳と目が合う。やはり顔が赤くて…。

「…宏嵩、顔赤いよ。」
「…うるせ。」

頬に触れていた右手を、成海の後頭部へ回した。そのまま引き寄せ、成海の唇に自身の唇を押し付ける。
先程よりも、深いキス。少し歯が当たって、余裕がないことも伝わってしまったかも。

俺の顔も赤くて熱い。言われずとも、自分でもすぐにわかった。キスはあれから何度もしたけど、何度したって慣れない。何度だって胸が高鳴る。何度だって、したくなる。何度だって、触れたくなる、成海に。


昔、あの日、駅で見た光景。俺には遠く、追いつけない。あのときはじめて思った、募った、思い知った想い。苦しかった。成海に触れることはできない。子どもの頃とは違う、気安く触れることはできなかったんだ。
手っ取り早く大人になれると思った。自分には似合わないピアスを開けて、吸ってみた煙草も咳き込んでしまって美味しいと思えなかった。でも、気持ちだけでも追いつけると、あのときはそう…。
痛かった。血も出た。不味かった。苦しかった。でも、傍には居られなかった。追いつけなかった。一緒にゲームや本を読んでいたあの頃には戻れないと、もうわかっていたんだ。

もう、蓋を閉めたはずだったのに。

もう、会えないと思ってた、はずなのに。すれ違った、あの日。




触れた唇は、酒とピザの味がしたんだ。