色が付く日々
日常を噛み締める話。
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ふと思ったのは、洗面台の棚に増えた成海の歯ブラシだったり、化粧水やその他数本(成海が名称言っていたが忘れた)、俺のクローゼットに入ってる数枚の着替えに、そういえば浴室にはシャンプーとか化粧落としもある。自炊なんてしてなかったから、揃えてなかった調味料類も。
最低限の生活用品しかなかった部屋が、随分とにぎやかになっていた。それは成海が来る頻度が増え、一緒に居る時間も増えたから。
宏嵩はコーヒーをしまっている戸棚を開けた。取り出したインスタントコーヒーの瓶と最近新調したばかりの水色のマグカップ。宏嵩は使わないけれど、スティックシュガーとコーヒーフレッシュも常備している。もちろん成海が甘めのコーヒーを好むから。
ブラックコーヒーを一杯入れ、瓶を戸棚にしまい、奥の方に隠していた可愛らしくピンクでラッピングされた箱を取り出した。
(安牌過ぎたかな。)
宏嵩は換気扇の下に水色のマグカップと共に移動し、煙草へ火を付けた。
水色のマグカップと、このラッピングのものを買ったのは一週間前の休日。その日は成海も予定(小柳さんとデート中、と可愛らしく笑うツーショット写真が送られてきた)があり、宏嵩も調子の悪かったスマホを修理してもらうためにひとりで出かけたとき。
修理するより機種変の方が安く済むと店員に言われそのまま従うことにした。その待ち時間、たまたま寄った雑貨店。成海がこういうところ好きだよな、なんてふらっと入ったのだが、ふと目に飛び込んできた、桜のような淡いピンクのマグカップ。宏嵩は成海みたいな色だと、そう思って思わず手に取った。
(…店員にうまく丸め込まれたよな。)
新商品なんです、こちらペアカップです、ラッピングはサービスさせていただきます、気が付くとふたつ買ってしまっていた。流されてしまった形だったが、素直にいい買い物をしたように思えた。
俺のマグカップはもちろんあるし、成海も常備しているなんでもないマグカップを使っていた。
…お揃いをふたりで使ってみたくなったんだ。
部屋の至る所で成海の存在を感じる。そういった感覚が日に日に増えていっている。
洗面台に一緒に並んで歯磨きをしてみたり、さっぱりした~と出てくる部屋着の成海に、キッチンで料理をしてくれる後ろ姿…もうそれが日に日に増えていく。
成海はきっと知らない。俺がいちいち嬉しくなっていること。同じ空間にそれぞれ好きなことをしながら過ごすことは昔も今も変わってないけれど、変わったのは、より増えたのは、想いだ。
前にお揃いのピアスも貰ったことがあって、成海は顔を赤く染めながら渡してくれた。今ならあのときの成海の気持ちがわかる。なんだか少し恥ずかしいのだ。
(成海はピンク。)
宏嵩の中での成海のイメージカラーだった。
BL脳とはいえ、根本的なところは乙女。そういうところもさながら、ぱっと花が綻ぶような、そんな可愛らしい華やかな印象。成海の笑顔が好きだ。俺と一緒にいることで、笑ってくれるのが一番幸せと思う。
どんな反応をするだろうか。できたら喜んで、笑ってくれたら、俺も嬉しい。
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「お邪魔しまーす。」
律儀に言いながら部屋へ入った成海は、バッグの他に重そうな紙袋も持っていた。
「それ何?」
「戦利品!良作な予感!」
キラキラとした満面の笑みで答えた成海に、宏嵩もついつられて口元が緩んだ。
成海から電話で『行ってもいーい?』と言われた先程。聞けばメイト帰りだと言うので、まあ、こうやって戦利品をこちらで読もうと言うことではあったが、単純に俺と一緒に居たいと思ってくれたことが嬉しかった。
「あれ、宏嵩、カップ替えたの?」
テーブルに置かれたままになっていた、空のマグカップに目がいった。いつも宏嵩が使ってるものと違ってカラフル。
「それ、こないだ買ったんだよね。」
「宏嵩選んだの?」
「ん、まあ。」
選んだというか、選ばされたというか。メインは成海用のマグカップだったから、ペアのものがそれだったということ。
さて、どう説明しようか。
「この色いいじゃん。なんかわたしの宏嵩のイメージカラー通り。」
笑いながら言う成海に驚く宏嵩。
「ひろたかって呼び名が、“広くて、高い”から空、みたいな水色。」
上手く言えないけどね、と少し照れながら言う成海が可愛らしかった。
要はニュアンス。こじつけと言ってしまえばそれまでだが、宏嵩自身と同じだった。
「俺は水色なんだ、てっきり黒とかそういうのだと思ってたけど。」
「そりゃあ、ゲームにガチモードの時は真っ黒よ、真っ黒!」
ニヤリと笑いながら言う成海は立ち上がった。
「わたしもコーヒー飲もうかな、宏嵩もおかわりする?」
「あ。」
「ん?なに?」
成海へ渡す方法を思いついた宏嵩は、思わず返事ではない声が出てしまった。
「いや、俺も飲む。お願い。」
そう言って宏嵩は水色のマグカップを成海へ渡した。少し不思議そうな顔をした成海だったが、キッチンへ向かう。
(少しベタだったな。)
成海がコーヒーの入った戸棚を開ければ、必然的に視界へ入るあのラッピング。少々ありきたりな方法ではあったが、成海に渡せればそれでいい。
「あ。」
戸棚を開けた瞬間、成海から漏れた声。
「宏嵩、これ何?」
成海の視界に入ってきたピンクのラッピングがされた箱。宏嵩の部屋に似つかわしくない可愛らしく、思わず手に取った。
「開けていいよ。」
宏嵩もキッチンにいる成海の隣へ移動した。成海は宏嵩を不思議そうな表情で見つめたが、ラッピングを丁寧に解いていく。
「これ…。」
桜のような淡いピンクのマグカップ。成海は箱から取り出すと、ニヤニヤしながら宏嵩の水色のマグカップも手に取った。
「お揃いだ!」
「うん、本当は成海のだけ買おうとしたけど、ペアって言われたから。」
「店員さんにうまくのせられちゃったね。」
成海にはお見通し。笑いながらそう言った。
「その色、成海みたいだなって思って。」
「私ってピンクのイメージ?」
「うん。」
“花が綻ぶような”とはさすがに恥ずかしくて言えなかったが、成海と同じようにイメージカラーを思っていたことを伝える。
「そっか、ピンクか。」
成海は満面の笑みをしながら、隣りに立つ宏嵩へ寄りかかった。そんな成海へ、宏嵩も腕を回す。
「宏嵩、ありがとう!嬉しい。」
成海がふたつのペアカップをカウンターに置くと、両腕を宏嵩の腰へ回し、ギュッと抱きついてきた。
「いいえ、大したものじゃないけど。」
「そんなことないよ。大切に使うね。」
宏嵩も成海をギュッと抱き締め返した。そして、成海の頭に頬を擦り寄せた。
「じゃあ、さっそくこのカップでコーヒー飲もっと。」
もう少し抱き締めていたかったが、仕方なく離れる。成海はインスタントコーヒーを取り出し、それぞれのカップに入れた。
「これも入れるでしょ。」
「ありがと。」
スティックシュガーにコーヒーフレッシュを成海へ渡すと、ギュッと手を握ってきた。そして、目が合う。成海は少し微笑むと、ん、と言いながら目を閉じる。キスをせがまれたので、宏嵩も手を握り返し、唇を優しく押し付けた。
「お揃い、増えてくね。」
唇を離した成海は笑っていた。俺が好きな、花が綻ぶような可愛い笑顔。
もっと愛でていたかったが、それよりもキスをしたい想いに忠実になろうと思ったんだ。
甘さ余ってしまう
イチャイチャしてます。
全年齢対象ですが、ダイレクトな表現ありのためワンクッション。
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静かな宏嵩の部屋に、カタカタとコントローラーを操作する音だけが響く。成海はシャーペンを置き、ネタ帳を閉じた。うーん、と背伸びをし、テーブルへ突っ伏す。宏嵩は先日買った新しいゲームに夢中で、成海はというと次の新刊(18禁)のネタを考えていた。
…と言っても、実はもうネタは出来上がっていて、構想も流れもオチまでもなんともスムーズに思いついた。考えていた、というより、思い切るべきかやめるべきか、それを悩んでいた。
なぜ、それをしないか。
つまり、それは自身の体験を元にしているから。
(やっぱりめっちゃくちゃ恥ずかしいよな〜…。)
推しカプに宏嵩としたことをつい当てはめてしまったのだ。そうしたらば、なんと良作になりそうな流れだ!腐女子で何事もBL変換してしまう悪い癖。でも、腐女子の前に乙女なのだ。
無自覚ドSの宏嵩にわたし、めちゃくちゃ興奮しちゃったんだよ。普段セックスとか全然興味なさそうなくせに、スイッチ入った途端の濃厚なキスとか、言わなくてもいいのにわたしがどれだけ濡れてるかとか言うし、その指までも見せつけてくるは、意外と遠慮無しにわたしのこと絶頂かせてくる。もう、ギャップだ、これなんだよ。
正直、毎回キュンキュンさせてくる。恥ずかしさでもういっぱいになるけれど、ああいう宏嵩も嫌いじゃない
…いや、結構好き。
きっとわたしだけじゃない、この話聞いた乙女ならきっと同じようになるはずなんだよ。だから、これを元に考えてしまったんだよ。
だけど、手に取った人達は知らなくとも、宏嵩がわたしに言った言葉とか、どういう愛撫をしてきたとか、そういうのをお披露目することになってしまう。
いやー!やっぱりないか!だめだ!
成海はバッと勢いよく顔を上げると、ちょうどキリの良いところだったのか、宏嵩もテーブルへコントローラーを置いてソファから成海の横へ座った。
「ネタが思い浮かばんのかね、成海どん。」
「えー、んま、そんなとこですよ、宏嵩どん。」
まさかわたしたちのセックスのことを考えていたとは思ってもいない宏嵩。そりゃそうだ、言えるわけがない。冗談混じりに聞いてくれてよかった、宏嵩は時にとても鋭いから。わたしのこと、実はよく見ている。
「宏嵩、このあともするんでしょ?」
「まあ、そのつもりだったけど…でも、止めようかな。」
宏嵩は気だるそうに頭を掻きながら、コントローラーを操作して電源を切った。
「え、しないの?」
「せっかく成海もキリが良さそうだし。」
テーブルに右肘をついて、成海を覗き込む宏嵩。
「せっかくだから、ネタを提供してあげようかと思います。」
「えっ!?」
宏嵩はそう言うと、成海の後頭部に左手を回しグイッと引き寄せた。そして、触れるだけのキス。そのままもう一度、今度はもう少し触れて。それを何度も繰り返す。深くなったかと思うと、するりと舌が入ってきた。そしてそのまま押し倒される。
「…ふ、ぅ…はあ…ん…。」
一気に激しく絡みつく宏嵩の舌が熱くて、我慢できない声が漏れる。結局成海も宏嵩の舌に絡めたくなってしまった。離しては名残惜しそうに繋がる唾液を、また繋げようとするかのようにまた唇が塞がれる。
ほら、こういうところだよ。
「なんかヒントなった?」
やっと開放された唇。宏嵩が少し笑ってみせるもんだから、成海の顔がかぁーっと一気に火照った。
本当にずるい男だ。ネタ提供と言いつつ、単純にしたかっただけでしょ。
「もっとしていい?」
うん、これもわざと。
宏嵩は自分の経験値が少ないから、この手の話に関しては言ってくれないとわからないし、聞かないとわからないとも言っていた。結局それがこうやって聞いてくることなのだけれど、今わたしも舌を絡めたでしょうが。それがこたえになるはずなのに、わたしの反応を楽しんでいる節がたまーに見受けられるんだ。
「…だめだって言ったら?」
「だめなの?」
まさかだと思わなかった!と宏嵩の表情が分かりやすくキョトンとした。こういう表情も好き。素直なんだよね。
「だめじゃない。」
「よかった。」
ふにゃ、っと柔らかく、落とすように宏嵩は笑う。わたしはこの宏嵩がとても好きだ。
宏嵩自体はよく笑うが、それがどうも周りによく伝わっていないようで、よく驚かれることが多い。でも、こうやってよく笑うの。
…これはわたしに、だけかな?
「ネタ提供ってまだ続くの?」
「続けるのは続けるけど、やっぱネタ提供はやめる。」
「なんで?」
「自分で言っといてなんだけど、本にされると思うと恥ずかしくなってきた。」
宏嵩が照れながらそう言うもんだから、成海は思わず吹き出してしまった。笑いを必死で堪える成海につられ、宏嵩もくしゃっとして笑った。ふたりの笑い声が重なる。
成海はするりと両腕を宏嵩の首筋に回した。それを合図と受け取った宏嵩は、また落としたように笑って優しくキスをしてくれる。成海も宏嵩にキスを返した。
ヒントくらいにはしておこうかな。やっぱり本にするのはやめよ。
本の中とはいえ、こんな宏嵩は誰にも教えたくないや。
これが嫉妬だと思い知った
※R18作品のため、ワンクッション
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「今日行ってもいい?」
昼休みにそう言ってきた成海に、宏嵩は違和感を覚えた。前にもこんなことがあった、理由は(俺にしたら)大したことじゃなかったあのとき。
午前中は何かと忙しくて、それでも一緒に昼食を食べられたのはよかったし、昼食を食べながらの成海は昨日読み返したBL本の感想だったり、その派生から諸々…とにかく平常運転だったんだが。昼休みの時間が終わりに差し掛かったとき、成海がそう切り出した。
今日は花金に明日の土曜日は休み。俺も誘おうと思っていた。しかも、是非とも泊まって行ってほしいという、下心がある。あの日、成海とはじめて重なった日から、2週間ほど経っていた。仕事終わりのメイトやゲーセン、樺倉さんと小柳さん含めて居酒屋は行っていたが、所謂ふたりゆっくりができていなかった。なので、下心丸出しになってしまっても、成海とゆっくりイチャつきたいと思っていたところに、突然のお誘いだ。
忙しかった午前中とは言え、残業になることも休日出勤になることもなさそう。…まあ、成海なら残業くらいはありそうだが、それはどうにか頑張ってもらおう。
「俺も誘おうと思ってた。」
素直につい口元は緩んでしまった。が、成海の表情はなんだか浮かない。なに、それはどういう反応?
「どうした、成海どん。なんかあった?」
少し冗談混じりに、できるだけ軽く、聞いてみた。
「な、なんにもないよ!うん、なんでもない!」
露骨に慌てている成海。成海は普段ステルス機能を駆使して、徹底的に腐女子なことを隠すのが病的に上手いくせに、自分のことになると途端にそれがガタガタと崩れる。なんて下手くそなんだ。
「成海…。」
「じゃ!あとでね!定時にちゃんと帰るから!」
宏嵩に有無も言わさず、逃げるようにバッグを持ってさっさと行ってしまった。
何の話が知らないが、言いたいことでもあるならはっきり今言ってほしい。モヤモヤのまま仕事するのは、俺も成海も気持ちが悪くないか?
悪い話じゃなきゃいいけど。例えば、別れ話とかなら、そりゃあ…聞きたくないな。でも、あの反応は違うかな。
宏嵩は煙草を取り出しながら、喫煙所に行ってからデスクへ戻ることにした。
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「お疲れ〜!」
「お疲れ。」
宏嵩の家に着いて早々、成海と宏嵩はソファに座り、乾杯を交わしてビールを飲んだ。
昼の違和感は今のところ見えないが、内心どんな話をどうやって聞き出そうか、機会を窺う宏嵩。そんな宏嵩を他所に、成海は何のゲームやる?などと、話す気がまるでない。というか、俺に話を突っ込まれないように、気を逸らしているのがバレバレだ。
「…成海、何かあったら俺に言ってよね。」
ビールをグイッと半分辺りまで飲み、テーブルへ置いた。そして、宏嵩は成海の肩を引き寄せ、コテンと成海の頭へもたれかかる。
「…ひろ、たか。」
成海は急に宏嵩へ抱きついた。思ってもいなかった返しに、宏嵩はついキュンとなる。ただ、何か言いたげのような気がしたが、まずは抱き締め返したいと思った。
「何かあった?」
宏嵩も成海を抱き締め、必然と近くにある耳元で優しく言った。成海は抱き締めていた腕を緩めながら顔を上げたから、宏嵩も視線を落とすと上目遣いの成海と目が合った。
これはもうキスしてもいいってことだよね?宏嵩は成海へキスを落とした。
「ふ、う…。」
徐々に深いキスへ変化させ、時折舌を入れてみると、ちゃんと成海も返してくれた。吐息と共に声が漏れ、宏嵩は2週間ほど前のあの夜を思い出す。
一度唇を離すと、唾液が糸を引いて、すぐに切れた。少し荒い吐息。もう一度唇を重ねようとしたが、
「ちょ、っと、タイム。」
成海が宏嵩の唇を、掌で塞いで制止させた。
「あ、の…聞きたいことが…ありまして。」
ようやく話してくれるのか。でも、今このタイミングとは。結構気持ちが上がってたのに…まあ、モヤモヤしたままでいるのも嫌だからなあ。
「なに?」
「…。」
宏嵩と成海は身体を離し、ソファの上に向かい合って座った。
切り出した割に、続けようとしない。歯切れの悪い成海に、若干のいらつきを覚えた。
「宏嵩、初体験いつ?」
「は?」
何を言い出すかと思えば。唖然としている宏嵩に、歯切れの悪い話し方で成海は続けた。
「…いつ、どんな人としたの?」
初体験、とは、この手の話からすると、初エッチというのとでいいのだろうか?全く本当に話が見えてこない。何を今更こんな話?
「いきなり、なに?」
宏嵩の声はわかりやすいくらいにおこ、である。いや、怒っている。宏嵩の反応はもう充分予想通り。この手の話題を、さっきまでの甘い雰囲気をぶち壊して聞いたのだ。
「だ、だって!宏嵩、エッチ…とか興味なさそうだと思ってたら、あの日めちゃくちゃ慣れた感じで攻めてきたんだもん!」
一気にまくしたてて言った成海は、なぜか少し怒ってる。いや、怒りたいのはこちらの方です成海さん。
「何人と付き合って、どんな人としたのかなって思って…。」
身体をはじめて重ねたあの夜。もう頭がクラクラするくらい、宏嵩に甘ったるい攻め方をされた。同時にすごく大切にされていて、愛されてるなと嫌ってほど実感してしまったんだ。だって、あんなに激しく求めてきたのに、優しかった。
今思い出しただけでも、こころも身体も熱くなる。
「じゃあ、成海は?」
「え、わたし!?」
俺だけに言わせるのはフェアじゃない。聞きたいのなら、まずは自分から手の内出してよ。
…いや、本当なら別に聞きたくないんだが…。
成海は今日、というか数日前から宏嵩に聞こうと思っていたことを口にしたが、こうやって返されることも重々承知だった。やはり宏嵩はフェアを求めてきた。そりゃそうだ、わたしだってそうするよ、でもさ。
「わたしの付き合ってた人の事、宏嵩よく聞いてもらってたじゃん。」
確かに。別に聞きたくもなかったのに、俺も大概諦め悪かったせいで、よく聞かされていた。
「…何人とと付き合ったの?」
「…4人。」
「じゃ、誰といつ初エッチした?」
「…高校のときの2人目の人と。」
やっぱり聞くんじゃなかった。あのときみたいに胸糞悪いな。
「宏嵩は!?」
「…。」
「何人と付き合ったの?」
成海は強制的に宏嵩へ聞き返した。フェアでしょ、ちゃんとこたえて。
「…誰とも付き合ってないよ。」
「え、でも、経験…。」
「初エッチは大学んとき。2つ上の先輩と。」
宏嵩は半ば投げやりにこたえた。そんな俺のこたえに成海はキョトンとする。
「え、付き合って…。」
「付き合ってなかった、彼女じゃない人とそういうことした。」
これで満足?宏嵩からの驚きの告白に、成海は目を丸くしながら宏嵩を見ていた。
「…意外…。」
「でも、すげー後悔した、しなきゃ良かったって相当落ち込んだ。」
「なんで?」
「ただ虚しいだけだったから。」
ただ、流れた形で、興味本位という形で、あの彼女としてみた当時。本能的な欲は満たされたかもしれないが、こころが全く満たされなかった。
「軽蔑した?」
このことは話す相手がいないとはいえ、誰にも話すつもりはなかった。それなのに、一番聞かれたくなかった成海に話すことになるなんて…。
適当にこたえてもよかった、嘘で塗り固めてもよかったかもしれない。
でも、成海には、できれば誠実でいたかった。俺なりに、相当大切な存在に対しては。
「…ううん、そんなことしないよ。ただ、ちょっと…結構びっくりしただけ。」
宏嵩は成海に、正直ほっとした。…成海は嘘は付かないから。だから、それは本音だよね?嫌われてしまいたくなかった。
軽蔑なんて、そんなことしないよ。宏嵩だって、人と関わりを持つことが極端に少ない宏嵩にだって、後悔したり傷ついた経験だってあるでしょう?それはわたしが知らないだけで…わたしと宏嵩の数年間の空白の間に。
「どんな人?」
まだ続けんの、この話。正直もう終わりにしたい、こんな話してもおもしろくないよ。
そう思っている宏嵩に、成海は真っ直ぐの視線で見つめてきた。可愛さ余って憎さ百倍、と言ったところか…真剣な表情も可愛いとも思ってしまうし、イラッとしてしまうのも本音。
「…大学内でいろいろ有名な人だった。」
「いろいろって、美人だとか?」
「…ん、まあ、そんな感じ。」
嘘は言っていない。良くも悪くも有名人だった彼女。
あのときの彼女は『ただセックスがしたい』とそういう割り切った関係を求めてきたから、本人が言い切った通り(大学内で話すことはあっても)、事後はそれはとても清々しいほどにそれっきりだった。本人が『満足した』と言って、それで終わったのだ。
「…いろいろ教えてもらったの?」
天然無自覚バカ。そういうこと普通に聞いちゃう?やり方も何も知らなかったから、そりゃいろいろご教授してもらったよ。でも、もういいよね。
「じゃあさ、成海センセはどうやってしてもらったの?」
宏嵩は成海をソファに押し倒した。そして、乱暴に唇を塞ぎ、舌をねじ込んだ。
「ん、ふ…ひ、ひろ…!」
成海の声なんか無視して、宏嵩は逃げようとする成海の顎を左手で抑えながら、舌を執拗に絡めて離さない。そして、ワイシャツを下からたくし上げ、成海の胸の膨らみを右手で揉みしだく。
「んっ!あ、っ!」
「小さいって気にしてるけど、それよりこここうされるの好きなこと、そいつは知ってたの?」
やっと離してくれた舌。唾液が糸を引いて、すぐに落ちる。
宏嵩の指が膨らみの頂点を転がしてはキュッと摘む。
「あ、だ、め!ひろたか!」
宏嵩は顔を隠そうとする成海の右手を左手で掴んだ。隠すなんて許さない。その興奮してる顔をもっとよく見せてよ。
「ーーーっ!」
右手はするすると下半身を滑り、今度はスカートをたくし上げ、躊躇なく下着の中に入る。どうにか足を閉じようとするが、やはり男だ、敵わない。
「は、あ…んんっ…。」
宏嵩の中指は花弁と割れ目を上下に動く。粘着音が聞こえるほど、既に成海の秘所は湿っていた。そのおかげでスムーズに愛撫できる。
「あぁっ!」
割れ目をかき分けて、宏嵩の中指が突起に当たったため、成海はビクリと大きく反応した。突起は大きく膨れている。
「成海、気持ちイイ?」
「や、あ!はあっ、あん!」
突起を指の腹で撫でてみたり、少し押してみたりするたびに、成海の甘ったるい声は漏れ出す。宏嵩はそんな成海の乱れた表情を見て興奮したし、もっととろけきってほしいと思った。
「ーーーぁあっ!」
成海のナカへ中指がゆっくりと挿いっていくと、ナカはとても熱く、宏嵩の中指をねっとりと包み込んだ。そのまま抜き差しをしてみると、グチョグチョといやらしい粘着音。
「や、あぁ!あっ、あぁん!」
成海は涙を浮かべながら、もう声を我慢することなく、興奮に酔っているように見えた。そして、指がまた1本増えたかと思うと、宏嵩のシャツをギュッと握り締めて必死になっている。その姿が可愛くて、でも、そんな姿も過去の元彼達が見たかと思うと、激しい嫉妬心に駆られた。
「元彼達もここ、こうやった?」
「や、やだあ…ひろ、た…ーーーっ!」
「ここ、好きなんだ?」
あの日の夜のように、宏嵩は成海の奥の一番敏感なところに指を当てる。反応が大きくなり、甘い声が出る。成海は我慢できず、涙が零れた。
「あっ、はあっ、あん!きちゃ…!」
「絶頂きなよ、成海。」
「〜〜〜っあぁっ!」
宏嵩の指によって、ナカと身体がビクッと大きく痙攣した。きゅうっと締め付けられた指で、成海が果てたことを実感する。宏嵩がゆっくりと指を引き抜くと、それも刺激になったようで甘い声を漏らしていた。
「はあ…はあ…。」
成海は左腕で顔を隠しながら、荒い息遣いを整える。宏嵩は引き抜いた指に絡まった蜜を握り締めながら、今の表情の見えない成海を見つめてひとつ溜息を大きくついた。
…成海に酷いことをしてしまった。
嫉妬心によって生まれた怒りを表しながら、成海の了承を得ずにしてしまうなんて。彼氏というから良いとは言えない。
「…ごめん、成海…。」
冷静になるには遅いとわかっていたが、成海のことが一気に心配になってしまった。痛くないか、傷つけて…しまっただろうか…。
「怒ってないよ、宏嵩。」
成海はまだ少し荒い吐息と一緒に、そう言った。そして、顔を隠していた左腕を離し、まだ潤んだ瞳とやっと目が合う。宏嵩の頬に触れる成海の左手。宏嵩はぴくりと反応したが、目が離せない。
「わたし、今まで絶頂ったことなかったの。ひとりよがりなセックスばっかで、あんまり気持ちイイって思ったことなくて、でも、それ言ったら嫌われちゃうと思ったから、絶頂ったふりとかもしてたんだ。」
指がするする滑り、宏嵩の唇に触れた。
「だから、宏嵩がはじめて。わたしのこと、絶頂かせてくれて…その、すごく、気持ちイイよ。」
言葉の後半は少し顔を赤くしながら、恥ずかしそうに言った。照れながら嬉しいことを言ってくれた成海をとても愛おしく思ったが、それでも不安のまま。
「痛くなかった?」
「痛くないよ。なんか、言葉は確かに怒ってるってわかったけど、指は、なんていうか…優しいんだもん。傷つけないようにしてくれたんでしょ?」
成海の問いかけに、宏嵩は小さく頷いた。決して傷つけたかったわけじゃない、それは本当なんだ。
成海は少し微笑みながら続ける。
「わたしね、はじめてした日の宏嵩にびっくりしたの。さっきも言ったけど、興味なさそうって思ってたから。なのに慣れてるっていうか、ねちっこくて無自覚Sっぽいのに優しくて…。でも、気持ちイイし、その、大事にされてるなって思ったし、愛されてるのすごく実感したんだ。」
柔らかく笑って言う成海はとても恥ずかしがっていた。
あの日以降、自分の中で定期的に思い出す、普段よりも強引で、とても嬉しい宏嵩。
だけど。
「わたし、勝手に宏嵩はわたしがはじめてなんだって思ってたの。」
成海はうるっと涙を溜め始め、少し声を荒らげて言ったから、宏嵩は戸惑ってしまった。
「なのに、違った。わたし、自分のこと棚に上げといてアレだけど、宏嵩がわたしじゃない誰かとしてたんだって思ったら、なんだか悔しくて…嫉妬してたの!」
悔しそうな表情を一瞬見せたが、成海は左腕で顔を隠した。
宏嵩とこうやって恋人になってから、あまりにも宏嵩がわたしのことをとても大切にしてくれるから、わたしみたいに過去にも同じように愛されてた人がもしいたのなら…非常に勝手なことだけど、不快だと思った。これは嫉妬。顔も知らない人に対して、激しく嫉妬してる。
「聞かなくてもいいことだってわかってた。宏嵩が怒ることも予想できてた。でも…。」
どんな人か知りたかったし、知りたくなかった。比べたって意味が無い、だって、宏嵩はわたしが好きなんでしょう?
わたしも好き。宏嵩が好き。
「成海。」
宏嵩が優しく名前を呼んだ。そして、宏嵩の右手が頬に触れたので、成海はゆっくり隠していた左腕を顔から離す。すると、宏嵩は優しくキスをしてくれた。
「成海も嫉妬するんだ。」
「するよ、だって、わたしの宏嵩だもん。」
宏嵩の右手に、成海は左手を添えた。
嫉妬してたなんて、俺と同じように想っていてくれてたなんて。いつも自分だけが嫉妬しているものだと思っていた。俺ばっかり好きだとか一緒にいたいと思っていると…てっきり。
「俺も嫉妬してた。」
過去が消えるわけじゃない。でも、何もしなかった数年間の空白の間に、成海があんな乱れた表情を誰かに見せていたと思うと、非常に不愉快になる。
だから、まだオタ友だった頃に聞く話は苦痛だったよ。成海も大概だと思ったが、俺も相当大概だ。
「俺の、成海でいいの?」
「宏嵩のだよ。」
成海は両腕を宏嵩の首に回した。そして、グイッと引き寄せ、抱き締めた。
「重くない?」
「いいの。」
ぎゅうっとさらに抱き締める成海の背中に、宏嵩は両腕を回した。重いだろうなと思いながら、素直に成海の胸へ顔をうずめる。
「宏嵩。」
「なに?」
「キスしたい。」
成海からそう言ってくるのははじめてだった。
顔を上げた宏嵩と成海の視線がぶつかる。
「して?」
少し首を傾げながら、甘える成海にゾクリとした。ホント、成海には敵わない。
宏嵩が少し身体を起こし、右手が成海の頬を触れる。
「あ、ちょ、ちょっとタイム。」
「今度はなに?」
自分からおねだりしてきたくせに、寸止め。今もうキスする雰囲気だったろうに。
「シャワー浴びてから…ね?」
もじもじと照れくさそうに笑いながら言ったから、宏嵩もついつられて笑ってしまった。
「だめでーす。このまま強行しまーす。」
「え、ちょ、ちょっと待っ…!」
「待たない。」
宏嵩は成海の言葉を唇で塞いだ。何回も唇を重ね、深いキスへ変え、舌を絡める。成海もすぐに舌を絡めてくれた。これはこのまましてもいいっいう合図だよな?
過去の話
宏嵩の過去の話。
思いっきりわたし設定詰め込んでます。
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大学に進学してから相変わらずゲームが大半を占めていて、その他と言えば、単位を落とさないくらいの講義や、やらないと死んでしまう新作ゲームや周辺機器を購入資金と一人暮らしの生活資金のためのバイト。高校のときと違って、こうも忙しいとは。
必要最低限の講義を受けて、隙間時間は常にソロプレイのゲームプレーヤーはもはやデフォ。友達と呼べる人なんかもちろんおらず、顔はなんとなくわかっても名前は覚えていない。
それでも、支障を感じたことは無かった。
宏嵩はバイトまでの時間をある程度大学で潰し、ぼちぼち向かうか、とキリのいいところでゲームを終わらせた。スマホの時計を確認しながら、廊下を歩く。
「あっ!」
甲高い声と共に、バサバサーっと書類が廊下に落ちる音がした。
宏嵩が顔を上げると、目の前にはぶちまけられた書類を慌てて拾い集める女性がいた。
「ありがとう。」
さすがに目の前、進行方向を塞ぐくらいの書類達を無視して進めるほどの性格は持ち合わせてはいないので、スマホを鞄にしまって書類を拾い集めた。
「助かったわ。」
宏嵩の集めた書類を受け取った女性を、ようやく宏嵩は認識した。
「いえ、じゃあ、俺はこれで。」
「うん、どうもありがとう。」
おそらく年上、先輩。ぺこりと軽く一礼して、宏嵩は女性の横を過ぎ、スタスタ廊下を進んだ。
栗色のストレートロングヘアに大きな瞳。お礼を言いながら笑っている女性にすげー美人、と素直な感想を持った。
そして、ある人を思い出させた。今、どこでどうしてるかわからない、忘れられない幼なじみ。
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トントン、と肩を叩かれ、宏嵩は振り返った。名前はわからないが、さっきまで俺の前に座って講義を受けてた同期のうちのひとり。
宏嵩はイヤホンを耳から外して、なに?とこたえた。
「二藤、お呼びだよ。」
そいつの指がホールの入口を指していた。
このあともここのホールである講義を取っているので、それまでイヤホンを付けてゲームをしていたときのこと。
呼び出し?誰から?
呼び出された相手が誰かもわからぬまま、宏嵩はホールを出ると、女性がひとり立っていた。
「昨日はありがとう。」
ニコリと笑いながら言う女性。お礼を言われたが、宏嵩の知らない人。昨日って…なんだっけ?
「え、覚えてない?ほら、書類拾ってくるたじゃない。」
宏嵩の反応があまりにも悪かったので、女性は覚えていないことに驚いていた。
昨日はバイトが長引いて、ゲームをプレイする時間もズレて、今日は寝不足で。興味のないことは覚えていない。
けれど、思い出した。
「…ああ。」
「思い出してくれた?」
書類を盛大にぶちまけた人だ。美人だという印象と、似てないはずなのになんとなく似ていると思った印象。
「…え、なんすか?」
というか、何のために俺は呼び出されてる?お礼なら昨日言われたし。何か気に触ることでも言った?
「探したんだよ、昨日名前聞きそびれちゃったし、たぶん2年かなーって予想だけで、朝から探してたの。やっと見つけた。」
いや、だから、探された理由がわからない。疑問しか出てこず、言う言葉を考えていると…。
「わたし、なるみ。」
「なるみ!?」
思わず過剰に反応してしまった驚き。その反応に少し不思議そうな顔をしたが、
「鳴海ゆかり、4年の××部よ。」
彼女はそう名乗った。
「…に、二藤、宏嵩、○○部です。」
彼女の自己紹介につられ、宏嵩もこたえた。そのこたえに彼女はにっこりと満足そうに笑った。
「二藤宏嵩くんね、覚えた。」
彼女はまた来るわね、と手を振りながら言い、スタスタと行ってしまった。一体何が何だかわからない。何がしたかったんだ?
宏嵩は疑問しか残らないこのやりとりにモヤモヤしながら、自分が座っていた席へ戻った。すると、一連のやりとりを見ていたやつらから声をかけられる。
「二藤、鳴海先輩と知り合いなのか!?」
「ちょ、俺にも紹介してくれよ!」
「え、ちょ、別に知り合いじゃ…。」
「あの鳴海先輩と知り合いなんていいなあ!」
知り合いではなく、昨日のことを説明しつつ、あの人がどういった人なのかを聞くと、どうやら大学内でもなかなかの有名人だった。宏嵩も思った美人という外見はもちろんだが、人当たりも良く頭も良いらしい。そして、男性からの支持を集める一番の理由は…。
「自他共に認めるヤリマンでさ、本人も平気で口外してるうえに、大学内でも気に入った男がいれば普通にヤっちまうんだと!」
「見た目はそんな派手な感じじゃねーのに、実は私生活は乱れてるなんて…ギャップしかねー!」
彼女の素性を教えてくれつつ、自分たちもそのお相手に選ばれたいなどと願望までご親切に聞かされた。
とりあえず彼女…、鳴海先輩のことはわかった。が、やはり俺を探す理由にはひとつもなっていない。昨日書類を拾い集め、特別なことも言わず別れたはずなのに、どうして?
結局疑問しか残らなかったし、頭の隅でちらつくある人を思い出したせいで、次の講義に集中できなかった。
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「二藤くん。」
バイトもなく今日は結構やり込む時間が取れそうだから早く帰ろう、家へと向かうために校内を歩いていると、後ろから話しかけられた。振り向くと、
「…鳴海、先輩。」
「今日はもう授業ないの?」
「はい、ないので、今日は帰ろうと。」
また来るね、と言われてから数日が経っており、奇妙なやりとりはあの人がからかってたんじゃないかと思い、ほとんど忘れかけていた。
「じゃ、予定ないんだ?」
「ま、まあ…ないと言えば…。」
ないと言えばないが、あると言えばいくらでもある。やりたいゲームはいくらでもあるから、予定はビッシリと言っても嘘ではない。
「じゃあさ、飲みに行こ!」
「え!?」
「ほら!行くよ!」
彼女に左手首を捕まれ、強引に引っ張りズンズンと足早に歩き出したせいで、宏嵩も従うしかなかった。なんて強引なんだ、俺の話も予定も聞かないで。嘘でも予定があるとはっきりしてしまえばよかった。
振りほどこうと思えばできたのにそれしなかったのは、この女性と出会ってから何かとちらつく数年前の記憶のせい。こうやって、腕を引かれた既視感。
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「飲めばいいのに。」
「苦手なんで。」
連れられて入った居酒屋で、彼女は言った。彼女の前にはビール、俺の前には烏龍茶。お酒というかビールも経験していたが、喉が焼けるような感覚と苦さがどうしても慣れず断念していた。
テーブルに備え付けられていた灰皿を引き寄せ、宏嵩は煙草に火を着けた。
「あ、すんません、吸ってもいいっすか?」
火を着ける前に断っておけばよかったが、彼女はいいよ~と軽くこたえ、自らも鞄から煙草を取り出し火を着けた。
「お酒は飲まないのに、喫煙は普通にするのね。」
結構前から吸うようになっていた煙草。はじめて吸ったときは不味くて咳き込んだけど、なんだかんだで量が増えていった。
「とりあえず、乾杯。」
「かんぱい。」
彼女は自分のグラスをカーンと宏嵩のグラスに当てると、ぐっぐっと一気にグラス半分を飲み、煙草をふかす。そんな彼女を見ながら、宏嵩も烏龍茶を一口。
半強制的に連れられ、彼女と飲み交わしてはいたが、この状況がどうしても違和感でしかなかった。
彼女は大学での話やバイト先の話など、一方的に話していたが、宏嵩の頭の中では疑問しか思い浮かばず、話がほとんど入ってこない。
というか、宏嵩がこの人がどうしてあいつを思い出させたのか、やっとしっくりきた。顔のパーツとか、体格だったり、全体の雰囲気とかがどことなく似ているのだ。とても似ているのではないが、よく言うなんとなくという感覚。
もちろん、“なるみ”という名前がやり一層意識させられたのはあるが。
「あ、の。」
「ん?」
彼女の話が途切れたのを見計らって、宏嵩は割入った。
「俺に…なんか用とかあったんすか?」
「用?」
同期達、というより大学内の“噂の”有名人が、どうして俺なんかに構う理由がある?初対面はあの書類を拾い集めたとき。そのときの俺が年上に対して生意気だったとか?文句のひとつでも言ってやろうとか、そういうことならさっさと言ってほしい。生煮えのようで、非常に気持ち悪い。
「なんで俺に構うのか、意味不なんですが。」
そんな俺を見ながら、彼女はニヤニヤと笑いながら新たに煙草へ火を着けた。
「わたしね、二藤くんの顔が超絶!どタイプなの!」
「っ!?」
一口含んでいた烏龍茶をつい吹き出しそうになった。懸命な我慢によりそれは阻止されたが、思わぬ彼女の理由に謎が謎を呼ぶ。
「書類を渡してくれたときにまじまじと顔見たときに、眼鏡の奥の伏し目がちなタレ目とか、何考えてるのか分かりづらそうな表情とか、長身だし指も長くてさー、もうわたしのドンピシャなの!」
早口で一気にまくしたてた彼女に、宏嵩は圧倒され突っ込む余裕もない。この人、口を開いたかと想えば何を言ってんだ?というか、褒められた感じもない。
ポカーンと口を半開きにして言葉を失っていた宏嵩。彼女はおもむろに眼鏡を取り上げた。
「ちょ、なに…!」
「ほら、超好み。」
眼鏡を取り上げてしまったせいで彼女の表情はわからないが、すぐに眼鏡を返してくれたので掛け直すと、彼女は満面の笑みでこちらを見ていた。
「てゆうか、わたしのこと、友達から何か聞いてる?」
ふぅーっと煙を吐き出し、ビールを一口。
“わたしのこと”というのは、おそらく、いや、確実にあのことだろう。同期達がご親切にもその中に選ばれたいと願望まで言っていた、彼女の私生活のこと。
「…友達いないんで。」
宏嵩も新たに煙草に火を付けて言った。否定も肯定もせず、とりあえず友達がいないことは本当なので。
「どこまで知ってるかわからないけど、別にわたし、どう言われようが全然気にしてないんだ。とゆうか、全部ホントのことだしね。」
深く煙草を吸い込んで含んだ大量の煙を吐き出しながら、彼女は煙草を灰皿でもみ消した。
「セックスなんて、わたしからしたら挨拶みたいなもんよ。相性が合えばお互い気持ちよくてラッキーって思うし、悪かったら早く切り上げればいい。恋人じゃないとできないことじゃないって思ってるの。…まあ、このことはなかなか理解されないけどね。」
こんな人混みの中、この人は堂々と何を言っているんだ?
唖然としている宏嵩など気にせず、ビールを全て飲み干すと、呼び出しボタンを押して、すぐに駆け付けた店員にビールを頼んだ。
「セフレはいるけど、特定の人は作らないの。ワンナイトの方が気が楽だし、何よりそのときめちゃくちゃ燃える。」
ニヤニヤと笑いながら言う彼女へ、チラチラと周囲の視線が注がれていることに宏嵩は気づいた。そして、話の相手をしている自分自身にも。
店員がビールを持ってくると、ありがと、と短く言って、またビールを一口飲んだ。
「二藤くんさ、彼女いる?」
本当に唐突だな、この人は。全く話の文脈がない。さっきの話とこの話は繋がってるの?
「いるように見えます?友達もいないぼっちだし、俺、ゲーオタなんで、まあ、寄ってくるわけないっすね。」
宏嵩は吸わずに放置していた煙草を吸い、すぐにもみ消した。数回も吸っていなかったが、放置していたせいでほとんど燃え尽きていた。
「彼女いたことも?」
「ないっすね。」
「ひとりも?」
「いないです。」
「じゃあ、童貞だ。」
宏嵩は少し顔を上げ、彼女を見るとやはり微笑みながらこちらを見ていた。
「童貞だね。」
打って変わって不敵な笑みを浮かべながら断言してきたことに、宏嵩は少しいらつきを覚えたが、結局のところ本当のことを言い当てられてしまったので、否定もせずに目を逸らして烏龍茶を一口飲んだ。
「わたしね、誰彼構わずセックスしてるわけじゃないのよ、わたしにも相手に求める項目くらいあるの。俺様過ぎないとか、わたしのことを物みたいに扱わないとか。」
指折りしながら言う。顔のタイプはもちろん、束縛してこない割り切れるということも重要だと、これまた親切に教えてくれた。
「でも、特に好きなのがさ。」
ビールのグラスを持ち、にっと口角を上げる。
「童貞くんとのセックス。」
宏嵩はまた一口烏龍茶を飲む。
「童貞くんのこう、純粋にわたしを求めてくるところとか、わたしをどうしたら喜ばせられるのかとか、真剣にセックスに取り組んでくれるところが最高に好きなの。」
あいつと似ているようで似ていないこの彼女の話。一通り聞いたのだろうが、結局のところこの話の終着点が見えなかった。
「あの…すいません、話が見えないんですが。」
住む世界がまるで違う。からかわれたようなものだ、早く切り上げて、早く帰りたくなり、要約してくれと言わんばかりに直球で質問する。
「まあ、つまり、わたしとセックスしよう、って話。」
煙草に火を着けながら、彼女は淡々と言った。宏嵩のこたえを待たずに、続ける。
「わたしは顔がタイプで童貞の二藤くんとセックスがしたい、二藤くんはわたしとセックスして、晴れて童貞卒業する。どう?」
どう、と聞かれても…。
あまりに唐突である意味無神経な要望に、宏嵩はどう返して良いかわからずまた烏龍茶を飲もうとしたが、気がつくとグラスは空っぽだった。
「もしかして、はじめては愛する人に捧げたいタイプ?」
「い、いや、別に…。」
「それとも、わたしじゃ不本意?」
「そういうことでも…。」
「好きな人がいるとか。」
「別に…。」
「忘れられない、“なるみ”がいるとか。」
宏嵩は目を見開きながら顔を上げると、彼女とバチッと目が合った。
「わたしが名前を言ったとき、妙な反応したからカマかけちゃった。わたし、いろんな人見てきたから、こういうの敏感ってか感じちゃうの。」
「…別に、忘れられないとか、そんなキモいこと思ってないです。」
「でも、忘れられないし、好きなんでしょ?」
「好きじゃないです。」
彼女の言葉にかぶせて強く否定した。拗ねたように宏嵩はそっぽを向きながら、改めて煙草に火を着けた。
「…わかりました。しましょう、セックス。」
「ホント?」
半ばヤケクソだった。煽られたことは重々承知だったが、この挑発に乗ってやろうと思ったのだ。たぶん、上手いこと彼女に乗せられたのだろうと感じながら。
「じゃあ、これからホテル行こうよ、わたしがホテル代出すから。」
「それくらい俺が払います。」
「いいよ、わたしが二藤くんの時間を買ったと思ってよ。」
この女性は宏嵩の人生の中で誰の型にも当てはまらないと思った。
彼女は呼び出しボタンを押すと、駆け付けた店員にビールを頼んだ。
「先輩、グラス入ってますけど。」
「わたしじゃなくて、二藤くんの分。」
「俺、飲まないって…。」
「お酒の味を覚えなさい。ここで飲めば、気持ち高まるしさ。」
なんて強引なんだ。自分の欲求を満たすのが最優先なんだろうが、こんな人の言うことを聞いてしまった自分を少し後悔した。
「なるみってどんな子?」
「忘れました。」
「好きなんでしょ?」
「好きじゃないです。」
宏嵩の目の前に店員がビールを置いた。彼女がまたも短くお礼を入れる。
「好きじゃない。」
宏嵩は低い声で否定し、ビールを一気に半分飲んだ。人生で2度目の酒はとても苦くて、これをなんで美味しいと思うのか分からなかった。
煙草のときもそう思ってた。
「…まあ、わたしはどっちでもいいけど。ほら、早く飲んで行こう!」
彼女が残っていたビールを一気に飲み干し、宏嵩ももう一度飲めるだけ飲んだ。苦くて、喉が焼けるように熱かった。
煙草をふかしながら、ビールをもう一口。…ビールと煙草は合うかもと思い、それを繰り返して飲み干した。
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次の日の朝、彼女はいそいそと化粧などを済ませ、チェックアウトの時間も待たずに帰って行った。『わたしひとり楽しんじゃったけど、いいセックスできたよ』と言い、ホテル代まで置いていってくれた。
ひとり残されたラブホテルの一室。自身は裸で、広いベッドの下には昨夜脱ぎ捨てた洋服。ベッド横のゴミ箱には、昨夜の使用済みがティッシュに包まり捨ててある。結局、3回もした。
もう一度寝てしまいたい衝動を抑えつつ、宏嵩はゆっくりと立ち上がり、目覚まし替わりのシャワーへと向かった。
(セックス、って…あんなもんなんだ…。)
頭からシャワーを浴びながら、宏嵩は思った。
もっと、夢中になるものだと思っていた。中学、高校ともなれば、こう言った所謂下ネタも当たり前に日常飛び交う。友達がおらずとも、周囲の会話は聞こえてきてたから、あのときどんなにセックスがいいモノで、何度でもしたい、次はいつするか…そんなイメージがついてたから。
いざ、昨夜してみると、確かに気持ちイイ。女性のナカが熱くて、彼女が腰を振って与えてくる刺激は本能的に果てさせた。
でも、この空虚感はなんなんだ?何も満たされず、空っぽだ。
『なるみ、って呼んで。』
彼女は最低なことを言ってきた。代わりに『ひろたか』と呼ばれ、目を両手で塞がれる、なんとも酷いプレイをさせられた。最低だと思いつつも、結局俺は従った。何度も『なるみ』と呼び、『ひろたか』と何度も呼ばれた。何も満たされず、結局残ったのは酷い焦燥感だけ。
最低だ。
キュッとシャワーを止め、頭から垂れる滴り落ちる雫を虚ろな目で見ていた。ふと鏡を見ると、なんと酷い自分の顔。疲れきってるというか、なんと言うか生気がない。
『好きなのに、なんで追いかけないの?』
最後の行為が終わったあと、彼女はしつこく聞いてきた。好きじゃない、と言っているのに、譲ろうとしなかった。
別々の高校へと進み、中学最後の日には『家近いし、そのうち会ったらまたゲームしに行くね』なんて言っていたあいつ。結局会うことはめっきりなく、きっと俺と同じように趣味に夢中なんだと思っていた。思い決め込んでいた。自分から誘えるほどの勇気は持ち合わせていなかったから。
そうした中で駅で見かけたあいつ。声を掛けようかと思ったら、あの笑顔はとなりの知らない男へと向けられていた。
そうだ、あいつはそういうやつだ。俺なんかより大切なものは多くて、当たり前に周りと馴染んで、進んでいく。当たり前なこと。ゲームさえあればいいと、極端に周りを拒絶してきたのは俺じゃないか。
もう、追いつけなかった。元にも戻れない。後悔したって遅い、焦がれた想いに蓋をしなければならなかった。首を締めたのは自分自身じゃないか。
今はどこで何をしているか、わからない。きっとあの笑顔は別を向いている。俺と過ごしたことなんて、思い出すことは無いだろう。
自分が大嫌いだ。
もう、こんな虚しいセックスはしない。このまま変わらずひとりでいた方が、こんな想いはせずにいられるんだから。自分を守って何が悪い。
俺はまた、蓋を締めたんだ。もう二度と開くことはないように。
なのに、あの日、出会ってしまった、運命を呪った。
知らなかったこと
[行き交う熱情]の続きになります。R18になりますので、苦手な方はご注意ください。
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ふたりの吐息と粘着音が部屋に響く。ベッドへと押し倒し、成海に跨った宏嵩。成海と宏嵩の両手は繋いだままで、ふたりの掌が汗ばんでいた。
息継ぎをするために唇を離すが、すぐに繰り返されるキス。これまで何度もしてきたキスより、もっと深い。
「…ひ、ろ…ちょ、ちょっ…と…息…。」
夢中で吸い付いて、舐めて、絡めた舌と唇。宏嵩は成海の途切れ途切れの言葉で、ようやく唇を離した。ふたりの唾液が名残惜しそうに繋がっていたが、そのうち切れた。
「はあ、はあ…。」
ふたりの呼吸音が重なる。見つめ合ったまま呼吸を整える。
こんなに激しく求められた、求めた唇が熱い。からだも、こころも。
(なんか…心臓の音が、やばい…。)
宏嵩に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、高鳴ってる成海の鼓動。スイッチが入ったとはいえ、こんなねっとりとしたキスははじめてで、普段の宏嵩からは想像できないくらい…なんて言うか、男だ。
(…もっと…。)
宏嵩は成海の唇に再度ゆっくりとキスをした。今度は優しく、触れるか触れないかくらい。
暗い部屋でふたり、触れ合う肌と肌。触れたら熱くて、触れたらもっと触りたい。
眼鏡を通して見る成海の瞳。少し潤んでいて、妙な気分にさせられる。興奮していた。可愛かった。
「成海…。」
宏嵩が名前を呼び、こたえるように成海は目を閉じた。まだ荒いふたりの息遣いは重なる。そして、また舌を絡ませ合った。
「…ん、はあ…。」
舌と舌を絡ませるたびに、成海の吐息が漏れた。その声を聞く度に、宏嵩はゾクゾクとからだが熱を帯びていく。うっすらと目を開けながら舌を絡ませると、成海も少し目を開けた。ふたりの視線がぶつかる。からだが、熱くなった。
「ーーーっあ…!」
宏嵩の舌は成海の首筋へと移動する。ざらっとした感触が首筋を這う。成海の全身がゾワゾワし、声が我慢できない。漏れる吐息を聞きながら、宏嵩は首筋にもキスをした。
「成海。」
「んっ!」
耳元で名前を呼ばれた。そして、舌が耳をとらえる。宏嵩の声が、吐息が、粘着音が。もう、すぐ傍で聞こえていて、成海の耳から全身へと這うような感覚。びくっとからだが反応した。
「ひ、ろたかぁ!」
「なるみ…。」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、宏嵩は成海の耳を舐めた。また首筋へと舌を這わせ唇へと戻ってくると、成海の唇をぺろりと舐めた。そして、また舌がねじ込まれ、絡まる。
(…今…これ、相当…エロ、い…。)
成海がいつも読んでるBL本で、こんなシチュエーションよくある。うわー!エロー!なんて客観的に見て興奮してた…あれ、今わたしがその状況?思考が追いつかない、身体が、ナカが、熱くなる。そのくらい今、興奮してる。
「…は、あ…ひろ、たか…。」
「…なに?」
また息継ぎをしたタイミングで見つめ合った。宏嵩も息遣いが荒い。
「眼鏡…取ってよ。」
「見えないじゃん。」
「見、えなくていいよ、恥ずかし…。」
少し目線を外した成海がとても可愛かった。興奮している、照れている。全身でそれを感じる。
成海は繋いだ両手を離し、宏嵩の眼鏡を取った。久しぶりに見る、宏嵩の素顔。
「取るなよ。」
「だから、恥ずかしいし、邪魔…でしょ?」
確かに。いつも以上に近い距離だから、眼鏡が少し鬱陶しく感じていた。それに、“見えない”と言いつつも、成海の表情はわかる。こんなに近い距離だから、尚更。
宏嵩は上体を起こすと、眼鏡をベッド横のデスクへと置いた。成海の両手を引いて、成海も上体を起こし向かい合って座った。
成海の両手を宏嵩の両手で包んだ。
「俺も、恥ずかしいよ。」
鼓動が成海に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、妙に大きく聞こえる自分の心臓の音。気持ちを伝えたあの日もそうだった。自分で崩すことにしてしまったあのとき、成海が拒むかもしれなかったから。あのときは吐き気も感じていた…覚えが…。
「宏嵩。」
名前を呼んだ成海は、ん、と目と唇を閉じていた。つまり、キスをしてほしいと、いうこと。
「成海…。」
今日だけで、何回名前を呼んだだろうか。愛おしい名前。まるで口癖のようだ。
宏嵩は包んでいた両手を離し、成海の両肩に触れながらまたキスをした。ぴくりと背筋が反応する成海。宏嵩はキスをしながら、身体に巻かれたバスタオルを取り、床へ大雑把に置いた。
「なるみ…。」
名前を呼びながら、宏嵩はぎゅっと抱き締めた。なんて細い身体なんだ。抱き締めたことは何度もある。だけど、はじめて素肌で抱き締めたことで、こんなに小さかっただろうかと思った。
成海も抱き締め返しながら、宏嵩の肩に顔をうずめる。宏嵩の身体ってこんな感じだったっけ、と成海も宏嵩と同じようなことを感じていた。
知っていたようで、知らなかった。
全身、肌が触れ合ってる箇所全てで熱が行き交う。
宏嵩は少し身体を離すと、成海へキスをし、また舌を絡めた。成海も吐息を漏らしながら、懸命に舌を絡めこたえる。
そのまま押し倒すと、宏嵩は成海の首筋から鎖骨、そしてふたつの膨らみへと順繰りに舌を這わせていった。
「ーーーっ、はぁん、ふぅ…っ!」
くすぐったいような、ゾクゾクするような、独特のこの感触。宏嵩の触れたところが熱くて、溶けてしまいそう。なんて、優しい触れ方。
宏嵩は夢中で成海の肌に舌を這わせ、キスをし、掌で触れる。とにかく熱くて、甘く感じる、不思議な感覚。触れるたびにいちいち漏れる成海の吐息がいやらしくて、できるだけ理性を保つように気を張っていることを、きっと成海は気づかない。
「ーーーっあ!」
宏嵩の掌が成海の胸の控えめな膨らみに触れた。貧乳、なんて冗談で馬鹿にしたことはあったが、なんだ、素肌で見ると思いのほかあるし、何より柔らかい。
「意外と、あるじゃん。」
「う、うっさい!ばかぁ…!」
成海は両手で顔を隠しながら文句を言った。素直な感想ではあったが、冗談と思った?本気なんだけど。
「ん!あぁ、ん!」
柔らかい膨らみを優しく揉みしだく。そのたびに甘い声が漏れ出して、たぶん成海は我慢しているつもり。でも、その我慢してても漏れる声が、宏嵩をより興奮させた。
「や、やあっ!あ、ん!」
膨らみの固くなった頂点を、宏嵩はコリコリとつまんでは弄る。成海の声はより高く反応し、ビクビクと身体も反応する。
最初は片方だけ。今度は交互に。そして、両方同時に、つまんで弄る。
「あ、あ、んっ…ーーー!」
反応が可愛くて、もっと見たくて、宏嵩は膨らみへと再度舌を這わせた。そして、その固くなった頂点を舌でぺろりと軽く舐める。
「あんっ!」
その瞬間、成海の身体はびくりと大きく反応した。宏嵩は舐めたり、吸い付いたり、空いてる片方の膨らみを揉みしだいたり、夢中で行いながらそのたびにする成海の可愛らしい反応に興奮した。
「ひろ、た…かぁ…!」
甘い声で成海が名前を呼んだので、宏嵩は一度顔を上げ、成海の両手を無理矢理広げた。荒い吐息を整えながら、成海はもう一度“宏嵩”、と名前を呼んだ。その表情はとろけてしまいそう。
「成海…可愛い…。」
宏嵩は少し笑って、またキスをしてきた。『可愛い』なんて、こんな状況で言うなんて…卑怯だ。ずるい。でも、嬉しい。
余裕なんてない。もう、理性が飛んでしまいそう。成海が、俺のしていることで、興奮してくれている。身体は熱くて、荒い息遣い。恥ずかしいから両手で隠してた表情は、甘く、溶けてしまいそうだった。
可愛い。
素直にそう思ったんだ。同時に、興奮がおさまらない。冷静じゃいられない。
[newpage]
覆いかぶさっていた宏嵩は一度離れ、成海を見つめた。そのまま自然と惹かれ、何度もキスをした。吐息はお互い荒くなる。
舌を絡めながら宏嵩の右手は徐々に下半身へと移動した。ぴくぴくとそのたびに反応し、強ばる成海。宏嵩の左手は胸の膨らみを揉みしだき、右手は下半身の肌を滑る。そして、ついに成海の秘所へ指が触れた。
「ーーーっあ!」
舌を絡めながら、つい大きく発した声。その声に一度は宏嵩の指が止まったが、すぐにまた触れられる。
「~~~っんん!」
声にならない、声が部屋に響いた。恥ずかしい。でも、もっと、なんて欲求が…。
(濡れてる…。)
成海の秘所へと触れた指が感じた、しっとりと濡れた感触。成海の声が、身体の反応が、成海が興奮してくれていることがわかっていた。でも、正直自信がなくて、夢中になり過ぎたかなんて思ったけど…杞憂だったようだ。
「濡れてる。」
「ゆ、言わないで…!」
唇を離してわざと成海に言った。成海のおそらく真っ赤になって恥ずかしがってるそのとろんと表情が、異常に宏嵩を興奮させ、自身のものが一気に熱をこもらせた。
宏嵩は上体を起こすと、成海を見下ろすように座り直した。宏嵩の両手が、固く閉じた成海の両足を無理矢理開かせる。成海はまたも両手で顔を覆って隠した。
「触るよ。」
「ーーーあ、や、あんっ!」
閉じようとする成海の足を抑えながら、宏嵩の右手が秘所に触れた。びくりと大きく反応し、大きな甘い声を出す成海。しっとりとした秘所は熱く、滑りを帯びている。
花弁をかき分けながら、上下左右に優しく触れていくと、声と比例して身体が反応した。そして、花弁の割れ目から蜜が溢れ出す。
(…うわ、え、ろ…。)
溢れ出した蜜を指に絡ませながら、宏嵩は割れ目をなぞった。そのたびに溢れる蜜が指へ絡むごとに、感じたことのないくらいの興奮を覚える。すると、つんと突き出た突起に指が触れた。その瞬間、成海の身体がより反応し、大きく腰が震えた。
「なるみ…。」
右手はそのまま秘所に触れたまま、成海に覆いかぶさって成海の右手を取ってみると、涙を浮かべて恥ずかしそうにこちらを見ていた。こんな成海の表情ははじめてだ。笑った表情も、怒った表情も、悲しむ表情も見ている。でも、こんな甘くとろけてしまいそうな成海は知らない。欲情している表情。
荒い吐息が落ち着く様子はない。ふたりは指を絡ませて、お互いの掌をぎゅっと握り締めた。
「ひろ、た、かぁ!あぁん!」
そのまま指を上下に滑らせ、突起と割れ目を交互になぞった。そのたびに甘い声を発しながら、成海はビクビクと反応し、堪えているはずなのに自然と声も身体も反応してしまう。
もっと、もっと、見ていたい。
「ひろたかぁ!」
涙で潤んだ成海の瞳。そこにひとつキスを落とした。
上下に滑らせていた指が、秘所の穴を見つけた。宏嵩は迷わず、中指1本ゆっくりと挿れた。
「ーーーあ、あぁっ!!」
今、たぶん、中指。それが今、挿いってる。
煙草を吸う、煙草を持つ指が好きだ。宏嵩は長身でガタイがいいけど、特別筋肉質とかじゃなくて、でも、ガリガリとはいうわけでもなくて。手も意外と大きくて、指が、意外と指が骨ばってて、すごく好きだと思ってた。宏嵩のその、指が挿いってるんだ。
「や、やぁん!あ、あぁっ!」
ゆっくりと傷付けないように、宏嵩は指を出し入れした。成海のナカはとても熱くて、ねっとりと指を包んでくる粘着性のあるナニカ。出し入れするたびに可愛い声とビクビクとする身体。成海の左手は顔を覆うのをやめ、シーツをぎゅっと握りしめてた。どこかに力を入れておきたかったのだろう。そのおかげで、成海の顔がよく見えるようになった。眼鏡が無くても、この距離なら充分わかる。成海の瞳が限界を超えたせいで、溜まっていた涙が零れた。
ゆっくりと、でも、少し速度を速めたり、またゆっくりにしてみたり…。その都度蜜は溢れ、零れた蜜はシーツへ染み込んでいった。たぶん、いや、とても気持ち良くなってくれてる、はず。
「ちょ、ちょっ、と…あぁっ!」
宏嵩の指が2本に増えたのがわかった。さっきより太くなったし、音が…いやらしい音がする。
「あっ、あっん!や、あん!」
指を増やしてみたが、痛がる様子もなく、より反応が甘くなった。そして、部屋に響く宏嵩の荒い息遣いと、吐息混じりの成海の声と、グチュグチュとした粘着音。よりふたりを興奮させる。それはもう、夢中だった。
(な、なんかっ…!)
宏嵩は知ってか知らずか、ナカの妙に触ったらだめなところに当たる指。そこ…だめ。きてしまう。奥が熱い。こんな、感覚…知ら…!
「だ、だ、めぇ!ひろ、たか!あぁっん!」
(ここ、いいのかな…?)
成海の反応が変わった箇所があった。これがよく言うスポット?よくわからないけど、成海が興奮してるならここなのか。反応がとても可愛くて、だめと言われてもやめたくない。
止めて!このまま、これ…!
「や、やあぁん!!」
ビクビクっ!と一番大きく浮いた腰。宏嵩の指を、ナカが締め付けてきた。ぎゅっとすごい力で成海は宏嵩の左手を握り締めた。その瞬間宏嵩は指を止め、その反応に驚いた。
ナカに電流が走ったみたいな、そんな…はじめての感覚…。
「はぁ、はぁ…。」
シーツを掴んでいた左手を離し、恥ずかしくて顔を隠す成海。まだ身体がぴくぴくと敏感だ。
宏嵩は自身の右手の大量に絡まって糸を引くその蜜をじっと見つめた。どくどくと自身のものがより一層熱を持ち、固くなったのを感じる。
(は、はじめて…絶頂っちゃった…。)
成海は余韻に浸りながら、自分の身体と宏嵩に驚いていた。
今まで付き合って、セックスはしたことはもちろんあったけど、実は絶頂ったことはなかった。『気持ち良かった』なんて、相手に嫌われたくなくて嘘をつくのが当たり前だった。相手が気持ち良ければ、それで良かったと思ってた。
なのに。
(こんな、セックス…知らない…。)
ボーッとしながら、そう思った。とにかく、気持ち良かった。おかしくなるかもって思って、やめてほしいのに、やめてほしくなかった。
「成海。」
名前を呼ばれ、右手を握り締められた。成海が左手を離すと、すぐ近くに宏嵩の顔があり、そのままキスをされた。最初は軽く、すぐに深くなって、舌が絡まる。
ナカが、また熱くなった。
「…絶頂った?」
「~~~っ!き、聞かないで!」
急に聞かれた恥ずかしいこと。ぷいっと目線を外した成海を見て、宏嵩の口元が自然と緩んだ。照れてる表情が見たくてわざと聞いてみたら、予想以上に可愛らしい反応。もう一度、見たくなる。
「成海、もっかい。」
「え、ちょ、ちょっと!」
あっ、と同時に、宏嵩は成海の両足を広げ、秘所へ顔をうずめた。
「あ、やぁっ!だ、だめぇ!」
舌が秘所を這っているんだとすぐにわかった。宏嵩の舌が、ざらりとした感触が、秘所を舐めている。恥ずかしくて、閉じようとする両足を、宏嵩は許してくれない。
蜜が溢れ出す。まずは花弁から、次に割れ目を舌で、途中キスを足の付け根に落として、あとは突起に舌で触れてみる。
「ひろ、ひろ…たかぁっ!だ、めえ…あぁん!」
指の出し入れの反応もすごかったが、こちらの反応もすごい。成海は気づいてる?さっきから腰が浮いてる。気持ちイイ?それなら、嬉しい。もっと、もっと、見せて。
どんどん溢れ出す蜜を宏嵩が吸うと、いやらしい粘着音が響いた。そして、大きくなった突起を舌が触れると、びくりと大きく反応する。その突起をちゅうっと吸ったり、舌で舐めたり、また中指と薬指を穴に挿れた。
「やだ!だ、だめ、だって、ああん!」
成海は両手でシーツをがっちりと掴んで力を込めた。どこかに力を込めていたい。涙が勝手に溢れてしまった。
突起を吸われながら、出し入れされる指2本。さっきみたいに指が触れてほしくないところに当たるし、そもそも突起そんなに舐めないで!おかしくなりそう!
「あ、あっ、ああ!だ、めえ!気持ち…イぃ!」
今、気持ちイイ、って言った?ビクビクしながら腰が浮いてる成海が言ったんだ。
「絶頂ってもいいよ、成海。」
そう言って、出し入れする指の速度を速めた。そして、ちゅうっと突起を吸い付いた。
普段とは違う、少し強引で、でも優しい宏嵩。ずるい、男なんだ。
「あああっ!絶頂っ…く…!宏嵩ぁっ!」
びくりと大きく腰が浮き、がくがくと下半身が強ばった。はあはあと荒くなった息遣いをしながら、全身の力が一気に抜ける。成海は時折大きく息を吸い込んでは、吐いて、深呼吸を繰り返した。身体に力が入らない。
[newpage]
「すごかったんだけど、成海、ほら。」
宏嵩は蜜を成海に見せつけるように掌を広げて言った。糸を引いていて、なんていやらしい。
「み、見せなくて、いいから!」
「気持ち良かった?」
「~~~!」
成海はかぁーっと顔が熱くなるのを感じた。顔から火が出てきそう。なんて意地悪なんだ、恥ずかしいに決まってるのに!
何も言ってくれないけど、成海は気持ち良かったんだ。良かった。この恥ずかしがってる反応をもっと見たくなる。愛おしい。人にはじめて想った気持ち。
宏嵩はそっぽを向く成海の頬に触れた。恥ずかしそうに涙がまた溜まっていたが、なんと小さく、本当に小さく“気持ち良かった”とこたえた。その表情が愛おしくて、こころがザワザワする。そして、触れるくらいのキスをすると、成海も同じように返してきた。
宏嵩はゴソゴソとベッド下をまさぐった。そして、取り出したアレ。
「そ、それ…。」
「え、これで終わる?」
「ち、違う!それ、いつ買ったの?コンビニで買って…なかったよね?」
そう言った言葉に、宏嵩が照れたのを成海は感じた。そして、恥ずかしそうに言った。
「前から、ちゃんと準備してた。必要なもんだし…。」
前って、いつのこと?宏嵩、そういうこと考えてくれてたんだ…。
「わたしとシたいって、そんな目で見てたのかね、宏嵩くん!」
成海は冗談混じりに笑いながら言って、上体を起こして宏嵩と向き合った。そして、首に両手を回し、宏嵩へキスをした。
「ありがと。」
笑って、泣いて、怒って、とにかく成海の表情はくるくるよく変わる。本当に見てて飽きない。どんな表情も見てみたいけど、やっぱり、成海には笑っていてほしい。
好きなものへの“好き”がいつも全力で、人の気持ちにも上手に寄り添って、共有できる成海。
俺がどれだけ成海のことが好きなのかわかってる?きっと成海が思ってる以上に大きいよ。こんな俺でいい?
「宏嵩、わたし、宏嵩好きよ。」
落としたように笑って、成海は言った。
「ふふ、その顔。驚いたでしょ?ホント、わかりやすいね、宏嵩くんは。」
また笑った成海。
成海はいつだって、俺をわかりやすいと言う。成海には伝わったらいい、そう思ってたから?
「俺も…成海が好きだよ。」
「うん、知ってる。」
宏嵩は成海を強く抱き締めた。成海も顔をうずめながら、宏嵩を抱き締め返す。
体温が、行き交う。熱い。
「挿れるよ。」
「うん…。」
宏嵩の反り勃った自身に装着し、先程のように成海を見下ろすように跨る宏嵩。
ドクンドクンと脈打つ自身を、成海の秘所へと押し付ける。
(あ、あんなに、おっきい…なんて…。)
子どもの頃に見た宏嵩のものとは訳が違う。男になっていたものは、挿いるか不安になるほど。
「怖い…?」
自身が大きいかどうかは知らなかったが、成海の反応が自身の大きさは大きい方だとわからせた。過去に付き合ってた男達と自然と比べられてたのかと思うと、正直ムカつくが…こればかりはどうもならない。
「ひ、ひろ、たか…。」
故意かどうかわからなかったが、成海の秘所へ押し付けた宏嵩のものは、蜜で濡れて滑って入らない。それどころか、その滑らせる行為が妙にやらしくて、興奮する。そして、突起に固いものが当たるのだ。
(息が荒くなってるし…声も、出てきて、る。)
あ、あ、という成海の甘ったるい声。突起に自身が当たる度に出ている。気持ちイイのだろう。わざとじゃなかったが、滑って入らなかった自身のものが、成海を偶然にも興奮させているようだ。表情もとろんとしてきてるし、また瞳に涙が溜まってるように見える。
この行為、変に興奮する。
「ひ、ひろた、か!もう…あ、あぁっ!」
宏嵩はもっと滑らせていたかったが、もう我慢の限界だった。成海のナカに入れたい衝動にかられ、ズブズブとゆっくり、自身を挿れる。
ぴくぴくと成海の身体が反応し、成海は両手でシーツを掴んだ。
「はあぁっ…!」
「もうちょ、っと…。」
ゆっくりと、根元まで。さっきの前戯のおかげか、宏嵩のものをすんなりと受け入れた。根元までゆっくり、ゆっくりと挿れていく。
「ひろ…たかあ…。」
「なるみ…。」
根元まで挿いったもの。結合している箇所が熱くて焼けてしまいそう。絡みつくナニカ。
宏嵩は自身の両手を成海の両手に絡ませた。成海は大きく深呼吸をしながら、宏嵩を見つめた。
「動くよ。」
「あ、あぁっん!」
自然と動く自身の腰。最初はゆっくりと、動くたびに成海の秘所はきゅうっと締め付けてくる。
正直、すぐに果ててしまいそうだった。とにかく平常心を保っていなきゃ、すぐに…。
「あっ、あん、あ…。」
腰の動きとリンクして、成海の声が漏れる。成海は宏嵩の両手を必死に握り締めていた。
(…お腹…苦しい…。)
挿いってる。今、宏嵩が挿いってて、いっぱいになってるんだ。こんなに苦しかったっけ?セックスしたのがだいぶ前だから?
ううん、そうじゃない。宏嵩だからだ。宏嵩が大きいってこともあるけど…とにかく興奮するからだ。
目をうっすらと開けると、宏嵩の表情も随分苦しそうだった。汗がひとつ垂れ、成海の顔に落ちてきた。その表情を見たら、ナカが、より熱くなった気がした。
「なる、み…。」
宏嵩もうっすらと目を開けながら、キスを落とした。何回も、軽く触れるキス。
宏嵩も、気持ちイイ?そうだよね?だって、こんな…表情…。
「ひろたか…。」
宏嵩のキスに対して、成海は舌を絡ませて返した。宏嵩は一度ぴくりと止まったが、すぐに舌を絡ませて返してきた。ねっとりと舌が絡み、そのたびに糸を引く唾液。すぐに切れては、またすぐに絡む。
両手を離し、宏嵩は繋がったまま成海を強く抱き締めた。というより、しがみつくような。成海も宏嵩へしがみつくように腕を回し、宏嵩の身体に顔をうずめる。
「あ、あん、やあ…!」
「ーーーっん…。」
徐々に激しく動き出す宏嵩の腰。その動きに釣られ、成海の声もより漏れ出す。今更ながら、うずめた宏嵩の身体に口元を押し付けて、声を我慢していた。だが、努力虚しくどうやっても漏れ出してしまう。
実は宏嵩も声を我慢していた。それくらい、成海のナカが気持ち良くて…。
(や、やば…い…!)
果てそうになった宏嵩は、一度成海から離れようとした。少し止めて、もう一度動きを再開しようとした…が、成海の腕は離れようとしない。
「な、なる、み!ちょっ、と…!」
「だ、めえ!」
何がだめなのか。実は宏嵩のものがさっき刺激を与えられ、敏感になっている箇所を突いていた。そのおかげで、成海は限界だった。
「こ、のまま!離れない、で!」
恥ずかしいことを言ってる。でも、欲が抑えられない。このままでいてほしかった。
「なる、み!」
成海のナカがきゅうっとより締め付けてきた。宏嵩ももう我慢ができず、再度しがみつきながら腰を振り続ける。成海の奥に、奥に。
「なるみっ!」
「ああっ!!」
名前を呼んだと同時に宏嵩のものが成海の一番奥を突き上げた。同時に締め付ける成海のナカ。宏嵩はどくどくと果て、成海はビクビクと身体もナカも痙攣しているような感覚。
ふたりの荒い息遣いが部屋に響く。できるだけ、ゆっくり息継ぎをして、整える。
「成海…平気?」
ゆっくりと顔を上げ、成海の顔を覗いた。ボーッと力ない成海。瞳からいくつか涙が零れていたので、宏嵩は舌で目尻の涙を舐めとった。少量のしょっぱさが舌に広がる。
宏嵩はゆっくりと上体を起こし、成海のナカから自身を抜いた。その行為すら、成海には刺激的で、ん、と言う小さい声が漏れた。
(セックスして、絶頂っちゃうなんて…。)
成海は自分が信じられなかった。過去付き合った中で、一度だってこんなことはなかった。ただ、相手が満足してくれれば、わたしは肌を触れ合っているだけでも充分だったんだ。
なのに、まさかいとも簡単に指で、セックスで、絶頂かされてしまうなんて。
(気持ち…い。)
横目で宏嵩を見ると後処理が終わったのか、成海の身体を優しく起こした。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
心配してくれる優しい宏嵩。そんな宏嵩の頬を指先で触れてみた。とても、熱い。
「熱くなっちゃったね。」
「うん。」
宏嵩は成海の指を取ると、ぎゅっと握り締めた。そのまま引き寄せる。
「成海。」
「宏嵩。」
成海が宏嵩を見上げると、宏嵩は深くキスをした。徐々に舌を絡ませて、またお互いの吐息も漏れる。
「成海、ごめん。」
「え…ひろ…?」
宏嵩は成海の言葉を唇で塞ぎ、そのまままたベッドへと押し倒した。そして、再度胸の膨らみに触れた。
[newpage]
「ひ、ひろたか!?」
「ごめん、もっかい。」
宏嵩はもう一度成海をめちゃくちゃにしたいと、思ってしまった。あまりにも可愛くて、嬉しくて、気持ち、良くて。
自身のものはすぐに反り勃ち、熱を帯びて固い。
そのものが、成海の下半身に当たり、成海もまた身体が熱くなった。
「あっ、んん!ひ、ろ、たかあ!」
宏嵩の舌は胸の膨らみを這っていた。交互に舐めては吸って、揉みしだきながらコリコリと固くなった頂点を舐め上げる。
そして、そのまま下半身へゆっくり舌が這い、触れた舐められたところ全てが熱く反応する。
「ーーーあ、っん!!」
秘所に触れた宏嵩の指。先程よりも溢れ出ている蜜を中指がすくい取り、そのまま穴へ差し込んだ。すぐに薬指も挿れてみたが、すんなりと受け入れられ、グチョグチョといやらしい粘着音がより響いた。
「あぁっん!や、あっ、はぁ、ん!」
宏嵩は先程のように2本の指を出し入れしながら、突起を舌で舐めた。びくりと腰が大きく浮き、甘い声も漏れた。
「成海…気持ちイ?」
「ああっ!んっはあん!」
瞳をぎゅっと閉じ、シーツに両手でしがみついている。身体は反応し、舌の動きに合わせて腰も浮く。
宏嵩の2本の指は、成海の敏感な箇所をつつき始める。
「や、やだあ!だめ、絶頂っ…!」
「絶頂って、成海。」
出し入れする指の速度を速め、成海を絶頂へと誘う。喘ぐ甘い声が耳に響き、宏嵩のものをより興奮させていく。
「ああ、は、あんっ!!」
宏嵩の指がソコを刺激し、ナカがきゅうっと締め付く。成海はまたびくりと大きく反応し、腰を浮かせて絶頂った。
「はあ、はあ…。」
頭が空っぽになったみたい。この短時間で何度絶頂かされてしまった?
成海がまだ動けないでいると、宏嵩は立ち上がり寝室を出て行った。そして、すぐに戻ってきた宏嵩の手にはペットボトルが。
「飲む?」
冷えたミネラルウォーターのペットボトルを、成海の頬に押し当て聞いた。
そういえば、喉がカラカラだ。成海がこくりと頷くと、宏嵩は一口水を口に含んだ、そして、
成海へ口移した。冷たい水が喉を通り、とても気持ちが良かった。宏嵩もゴクリと水を飲む。
「もうちょっと、付き合って。」
そう言いながら、宏嵩は自身のものに装着した。
こんなに我慢がきかなくなるなんて…思ってもみなかった。もっと乱れた成海が見たい。甘い声を必死で我慢していたり、その割には身体は素直に反応していて、とろりととろけきっている。
可愛くて、可愛くて。
宏嵩は力が入らない成海を引っ張りながら起こし座らせる。
「成海。」
成海の両肩に宏嵩の両手が置かれると、そのままキスをした。舌を絡ませ、離しては唾液が名残惜しそうに糸を引く。
こんなに求められると思わなかった。何度キスをして、何度舌を絡ませてる?普段の宏嵩とは違う、少し強引で欲に溺れてるように見えた。
…欲なら普段からも溺れてるかな、宏嵩だけじゃなくて、わたしも。
自分の好きなことに没頭していても、宏嵩は咎めるわけでもなく、呆れるわけでもなく、ただそばにいて、ただ受け入れてくれてる。自分の趣味だ、他人になんと言われようともやめるつもりはないが、バレてしまうのだけは生きてきた人生極力避けてきたこと。それなのに、宏嵩は再会してきたときも当たり前に振ってきた話題だったし、というか少しもブレないゲーオタ廃人だった。そして、わたしのことも少しも変わらずに受け入れたんだ。
宏嵩が宏嵩で、とても安心したの。
宏嵩は成海を少し持ち上げ、座る宏嵩の両足へと乗せた。成海は一瞬何をするのかわからなくなったが、すぐに理解した。つまり、座位。そして、びしょびしょに濡れた成海のナカに、ズブズブとゆっくりおさまった。
「はああ、ん!」
「ーーーっん!」
ナカがきゅうっと宏嵩のものを締め付けた。そのせいで、宏嵩まで声が漏れる。やはり、成海のナカは気持ちがいい。
「ひ、ろ…あ、ああっ!」
成海の両手は自然と宏嵩の首元へ絡まった。上体がズレないように、成海は身体に力を入れて上体を保つ。宏嵩の両手も成海の腰へ回した。
「なるみ、舌…。」
目を開けたまま、見つめ合うまま宏嵩と成海は舌を絡ませた。粘着音と吐息が混ざり響く。ぴちゃぴちゃ、ヌチャヌチャ…複数のいやらしい粘着音がふたりを興奮させた。
「あ、あっ!はあ、ん!あ、ん!」
「な、る、み…。」
ふたりの腰が上下に動くたびに、成海の甘い声も漏れて、ナカもよりねっとりと絡まっていく。夢中で腰を振り、目が合うたびにキスをして舌を絡める。
「すき、だ…!」
宏嵩は小さく絞り出した。その言葉に、成海は目を丸くして驚いた。なんて、か細い、声。
「わたしも、わたしも好き、宏嵩ぁ…。」
「成海…!」
宏嵩の目が熱くなる。目の前がなんだか霞む。これは、これは…。
好きだと思った。成海のことが、誰よりも。関係を壊してしまうことになる、それでも自分のことを“彼氏”というまた別の、特別の関係にしてもいいというなら。
幼なじみとしていてもよかった。でも、それだと俺の、成海にはできない。独占したい。誰かのせいで成海が泣くんじゃなくて、どうせ泣くなら俺が理由になってよ。それを許されるような関係を、望んでしまったんだ。
どこで間違えちゃうんだろう。
成海がいつかそう言って、涙を流してたあの日。
触れたかった。涙を拭き取ってあげたかった。でも、それは許されなかった。してはいけなかった。
俺なら泣かせない。俺なら後悔させない。これは自分の戒めのようなものだ。俺がどれだけ成海を好きだということを、俺が後悔しないための。
俺と同じ想いになったらいいのに。
触れたかった。笑わせたかった。それは、これからも、ずっととなりで…。
成海は宏嵩の頬をひとつ、涙が零れたことに気がついた。汗と混じっていたけれど、瞳から溢れたんだ。荒い息遣いをぐっと堪えながら、右手を伸ばし、涙を拭った。
「宏嵩ぁ…。」
甘く囁いた俺の名前。特別じゃないのに、特別に聞こえる。これは、成海だからだ。
「成海…。」
深く、キスをした。ぎゅっとお互いを抱き締めながら、深く。触れてる素肌同士が熱い。
そして、そのまま腰の動きを速めた。この熱を感じながら、果てたい。
「あ、あっ!は、あっ!っん、ーーーっぁあ!!」
「なる、み!で、る…!」
同時に宏嵩は腰を高く突き上げた。びくりと大きく腰が浮いた成海。ふたりでナカの一番奥に、果てた。
ふわふわとまるで浮いてるかのような、変な感覚。荒い息遣いを懸命に整えた。
ふたりぎゅっと抱き締め合い、感覚に酔っていた。成海は顔を宏嵩の胸にうずめる。どくどくと心臓の音は速い。それは、成海も同じ。このままこの音を聞いていたい。
全身の力が抜けて、急に、眠気が…。
「成海。」
宏嵩に呼ばれ、顔を上げた。
成海の目は虚ろで、ボーッと力なく俺を見つめた。続けざまに激しく求めてしまったんだ。成海には悪いことをしたかも。欲に忠実になりすぎたかな、ごめん。
申し訳ない気持ちを含めて、宏嵩は軽く触れるキスをして、抱き締め直す。
「宏嵩。」
成海が少し笑ったのがわかった。
「ごめん、眠い…。」
成海はぐりぐりと顔を胸に押し付けて、またうずめた。そして、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。身体の限界だったか、成海は宏嵩に身体を預けて眠りについていた。
“ごめん”、と言われ、まるで許されたような気持ちになった。だって、こんなに安心しきって眠っている。
たかが、セックスひとつでこんな想いをするとは思わなかった。素肌同士が触れ合って、熱を感じ、速くなった鼓動は同じ。いつだってそばにいたけど、今日はこんなに近い。
だから、溢れてしまった涙。ダサい。堪えていたのに、ひとつ流れてしまった。汗と混じって流れたけれど、成海には気づかれてないかな。
ゆっくり自身を引き抜いて、成海を寝かした。起きる様子もなくて、ぐっすり。
無防備な寝顔。ゲーム合宿と称して泊まったときとは違う、俺しか知らない成海。
とても可愛いと思った。
「好きだよ、成海。」
俺の思いの丈を思い知ってほしい。
宏嵩は成海の唇へ、触れるだけのキスを落とした。
[newpage]
成海が目を開けてはじめに思ったのは、身体中が痛いこと。昨夜はあんなにしたんだ、日頃の運動不足を後悔した。
宏嵩の胸板が目の前にある。眠気に負け、あのまま寝てしまったんだった。
成海の枕は宏嵩の左腕だった。右腕は成海の腰へと回されており、がっちりと包まれている。ふたりを覆っている掛け布団も相まって、暖かい。
(…身体、筋肉痛かも…。)
見上げると宏嵩の顔が近くて、気づかなかった睫毛の長さ。宏嵩は起きそうにない。
(宏嵩って…。)
昨夜の行為で感じた、宏嵩の意外な一面。たぶん、宏嵩自身も気づいていないだろう。
(こいつ、天然無自覚S…絶対。)
恥ずかしい言葉を、自然と口にして、こちらの気分を煽ってきた。わたしが恥ずかしがっていることも充分わかっていながら、それでも言葉に出してきた。そして、欲に忠実なのかも。だってあんなに激しく求めてきた。宏嵩はおそらく無自覚。
(タチが悪いな〜。)
ずるい。あんなに興奮してしまった自分も悔しい。普段は特別な言葉を言わないくせに、ああいう場面になると平気で口に出せる男だったなんて…。
思い出したらだめだ。妙な気分になってしまいそう。
「なるみ…。」
宏嵩は名前を呼びながら、成海の腰に回していた右手で目を擦った。成海が顔を上げると、宏嵩はまだ眠たいようで我慢できなかった欠伸を掌で隠していた。
「お、おはよ、宏嵩。」
「ん、…はよ。」
再度右手が腰に巻かれ、グイッと引き寄せられた。宏嵩の両腕に包まれる。
「痛いとこ、ない?」
成海の耳元で小さく囁く。これもわざと?吐息混じりな言葉にゾワゾワしてしまう。
無理をさせてしまっただろう。欲のまま成海を求めたから。でも、欲しくなってしまった。からだも、こころも。
「…全身、痛い。」
「…奇遇〜、俺も。変なとこ痛い。」
耳元を離れた宏嵩の言葉に、成海はぷぷっとつい吹き出してしまった。冗談を交えながらこたえる宏嵩は、いつも通りの宏嵩だ。
「お互い社会人、運動不足だもんね。」
「まったくですな。」
成海が顔を上げると、宏嵩も落としたように笑っていた。控えめなこの笑顔。優しくて、好き。
「宏嵩。」
「ん?」
「寝ちゃって…ごめんね、…怒ってる?」
体力の限界がとっくに切れていたし、あの心地良い心音を聞いていたせいで自然と眠気に襲われた。もう少し、余韻に浸ればよかった。
「いや、仕方ねーよ。あんなにしたしね。」
宏嵩は成海へ軽くキスをした。
「でも、もっとしたかったな。」
「え!宏嵩、絶倫男なの!?」
「ちげーよ。」
もう一度、軽く触れるキス。
「絶倫かどうかはわかんないけど、もっとしたいのはホント。」
宏嵩は抱き締めていた成海を少し引き離すと、そのまま成海に覆いかぶさった。
「ちょ、っと宏嵩…!」
成海は宏嵩の反り勃ったものをまじまじと見てしまった。昨夜は暗かったから、ちゃんと見えなかったけど…今はとても明るいから。
「朝から…元気だね。」
「そりゃあ、朝だし。成海のそんな格好、見ちゃったらなるでしょ。」
覆いかぶさった宏嵩の視線は、成海の素肌へ。すぐに視線を成海の顔へ戻すと、キス。そして、啄むようなキスから、舌をねじ込み、強引に舌を絡ませた。
「…ふ、ぅ…はあ…。」
起きてすぐになんて…!と思った成海も、結局そのキスでスイッチが入ってしまった。さっき昨夜のことを思い出してしまったこともあって、息遣いは荒くなり身体はすぐに熱くなる。
「えっち…。」
「いや?」
「…いや、じゃない。」
速くなった呼吸を整え、再度ねっとりと絡ませたキス。何度も唾液が糸を引き、途切れ、また繋がる。
昨夜よりも少し冗談を交えながら、何度もキスを交わし合う。お互いがお互いを欲しいと想いが重なった。こんなに甘い朝ははじめてだった。
「成海。」
「宏嵩。」
こんなにも名前を呼び合ったことがあっただろうか。特別なこと、なんでもないことが特別になっていく。お互いの知らなかった表情、声、恥ずかしい言葉と素直に求めた言葉もあった。
知らなかったことを知っていくのが、なんて幸せだと、感じた。
行き交う熱情
[触れたかったんだ]の続きになります。
━━━━━━━━━━━━━━━
「…きょ、今日、泊まって行けば?」
やってしまった。どもってしまった。カッコ悪い。
渾身の勇気を出して、宏嵩は絞り出した言葉だった。のに、だっせえ。
「…明日、も休み…だ、もんね。」
宏嵩に釣られたわけではないけれど、成海までなんだかどもってしまった。
言葉の意味。成海はさすがに察した。過去、付き合った人がいたし、こういう状況になったことだってあるからわかる。
宏嵩はつまり、そういうことで言ってる、はず。
付き合ってから、はじめて、そういうことになるということ。
「…は…。」
「は?」
「歯ブラシ!も、持ってきてない…!あと、着替えも!」
向かい合った成海の顔は真っ赤。困ったような表情で成海は言った。
そして、暫し沈黙。
(…それって…。)
自分なりに絞り出した言葉だったが、正直どうすればいいのか自信がなかった。こういう、経験…はなかったから。どうして引き留めてしまったのか、いつも通り『またね』と言うはずだったのに。
でも、成海に帰ってほしくないと、思ってしまったんだ…。
拒否の返答だと、宏嵩は思った。
「コンビニ行きたい!歯ブラシ買いたい!宏嵩、一緒に行こ!」
立ち上がってそう言った成海はやはり顔が真っ赤だった。そんな表情、はじめて見た。
可愛いと思った。
「な、なんで…。」
「だ、だから、いいから、泊まってもいいから!買いに行きたいんだよ。あと、き、着替えも…貸してよね、なんでもいいから…。」
照れながら髪の毛を耳に掛けてもじもじとしながら言う成海。恥ずかしいのだろうか、俺と同じように…。
俺まで火照ってきた。顔が、身体が、こころが。
成海は今まで何人の人と付き合ったのか、それはわからない。いや、聞きたくなかったから、聞いてなくて。
付き合う前に愚痴られた元彼の話は、ムカつくから聞いてるようで聞いていなかった。そう言った、成海の節操の話は出てこなかったが、さすがにいろんなことを経験してるんだとわかる。俺と違って。
「…宏嵩。」
成海は両手で宏嵩の両頬を包み、半ば強引にキスをしてきた。あまりに突拍子のない行動だったから、目を閉じる余裕もなくて。ぽかんと半開きの口をしたままの、間抜けな宏嵩の顔。
唇をすぐに離した成海は、そんな顔をした宏嵩を見て、笑った。
「ほら、行こ!」
グイッと宏嵩の手を引き、立ち上がらせた。そんな宏嵩の掌に、成海の指が絡まる。指が熱い。
「いろいろ買って、置いておこうかな。クレンジングとか化粧水とか。いいよね?」
それは、つまり、これからも。
拒否じゃなかった。照れていたんだ、俺も、成海も。同じだったんだ。望んでいいんだ、これからを。
「どんだけ買い込むんだよ。」
「必要だからね!女の子は、いろいろ物入りなの。ほら、行こ。」
さっきから口元が緩んで仕方なくて、それを隠すように無駄に口元へ掌がいく。そんな俺の様子がわかってる?でも、成海も無駄に耳へ髪の毛かきあげてる。
過ぎてきた過程は違うけれど、今この気持ちは同じ?むず痒い。
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「っりがとーございやーす。」
やる気のないコンビニ店員の声を背に、俺は右手を成海の手に絡ませた。
「今の店員さんさ、滑舌悪かったね~。やる気ないのバレバレ。」
クスクスと笑いながら、成海も宏嵩の手を握り返した。
(…宏嵩、アレ、買って…なかったよ、ね?)
自分はというと、歯ブラシにクレンジング、洗顔料に化粧水と、結構買い込んだ。そういうことにいずれはなると思っていたけど、こんな急だとは思わなかった。だから、お泊まりセットなんて持ってきてないから、こんな夜の買い物。
宏嵩は何を買った?ドリンク…はなんか買ってたな、あとパンとか。でも、アレ、買ってる様子なかった…ような。
「成海。」
「は、い!」
急に呼ばれたせいで、成海の声が少し裏返った。
「大丈夫?」
一瞬、何を心配されたのかわからなかった。でも、宏嵩のことだから、このあとのことを確かめてるんだとすぐにわかった。
「何がー?大丈夫だよ。」
心配なのは宏嵩かな。たぶん、このあとのことが不安なんだと思った。
緊張する。付き合ったときもそうだったけど、今も相当恥ずかしい…というか、むず痒い。でもさ、わたしたち、恋人なんだよ。だから、不安にならなくていいじゃん。イチャイチャしよーよ。
「宏嵩、帰ろ。」
成海は宏嵩の手を改めて握った。そして、少し速い歩幅で宏嵩を引く。
(こうやって手を引かれるのって…昔から…。)
よく見た光景。成海の少し強引に引く手は、今も昔も変わらない。
付き合って、少し変わった。今夜、もう少し、変わる。
不安だ。
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「成海からシャワー浴びれば?」
ぶっきらぼうに宏嵩に言われたが、成海は素直に従った。
(上がったら…ドライヤーして…。)
上がってからどうなるのか。考える程、身体が熱くなる。こういうこと、はじめてじゃないのに、宏嵩とははじめてだから。
(さっきの…。)
ぶっきらぼうなのに、耳を真っ赤にしながら言ったさっきの宏嵩が可愛いと思って、なんだか緊張が少し解けた気がした。宏嵩は昔から分かりやすい。付き合ってからも実感していたこと。
(…どうしよ…。)
心は決まっている。けど、やっぱり不安だ。俺が決めたこと、誘ったこと、したかった…こと。
いちいち可愛いと思えてしまう成海。今日は妙に可愛い。いつもと同じようにくるくると表情が変わっているのに、いつもと何かが違う。あんな照れた成海、赤くなって慌ててる成海、知らなかった。成海のこと、まだまだ知らないんだ。
行為自体は実ははじめてではない。誰にも、成海にも、言っていない。
でも、うまくできるかな。痛い思いは、させないように…傷付けないように…。
不安だ。
洗面室のドアが開いたと思うと、バスタオル1枚巻いただけの成海の姿。目が離せなかったが、すぐに目線を外し、宏嵩は吸っていた煙草を慌てて消した。
「すぐ上がるから、部屋で待ってて。」
目を合わすことなく言いながら、宏嵩はシャワーへと向かった。
(宏嵩、照れたな。)
宏嵩の耳が赤くて、慌てた様子がやっぱり可愛いと思えてしまった。
(…覚悟、決めろ…。)
ジャーっと最大水力にしたシャワーを頭から浴びながら、宏嵩は自分に言い聞かせた。
自分で求めたこと、後悔はしていない。少なからず、こうなりたいと思っていたんだ。
することだけが恋人ではない。成海はものではないけれど、でも、自分のものにしたくて。
独占欲?
こんな感情が俺にもあったなんて。ゲームなら絶対に欲しいソフトは手に入れてきたけれど、人の…成海のこころはそう簡単なものじゃない。
付き合ってから時間が経っていても、いつまでも不安は消えやしない。俺なんかでいいのか。人生のほとんどをゲームに費やしてきたから、大切なものなんてほんの少しだけ。
これからも何事も無く、平坦に、仕事とゲームをこなし、たまに樺倉さんと飲みに出かけるくらいで、特別周りと関わりを持つこともなく、必要も感じずに。
あの日。
俺の言葉を懸命に伝えたあの日。自分で崩してしまった関係。幼なじみという立場でずっととなりに居るつもりだった。変わらなければ、成海は変わらず俺の横で笑ってくれると。居心地の良かったあの頃。でも、成海はすすんでいくんだ。俺がどう思って、恋焦がれているかも知らずに、他の男と…。
嫌だ、嫌だ。
これが独占欲。
耐えられなくなってしまったんだ。
普通の女の子がいいのか、なんて、そんなこと考えたことなかった。俺は成海が、そのままの成海が好きだと思ったから。
成海には締まらないなんて言われてしまったけれど、成海が笑ってくれた。手を、繋いでくれた。
触れることなんてないと思ってた。もう遠くへ、俺の手が届かない遠くへいってしまってたのに。それでも、今はとなりに、自然ととなりに居てくれるから。
もっと、触れたい。俺の、成海に…。
キュッとシャワーを止め、目の前の鏡に映る自分を睨みつけた。
成海が、待ってる。
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部屋、宏嵩の寝室へ入り、まだ少し恥ずかしいから、ドアに背を向けてベッドに座った。もちろん、部屋のライトは付けずに。これからそういうことになるであろうが、バスタオル1枚の姿では恥ずかしかった。
(だ、大丈夫かな!?さっきお風呂でチェックしたけど…!)
宏嵩に引かれないかな。女の子の身だしなみとして、一通りは大丈夫な…はずだけど…!
せめてピンクの日に、なんて言ったあの日以降は、宏嵩と2人きりになる時があるから、可愛いランジェリーを身につけたりしたけど…結局今日は見られることもなさそう。だって、もうバスタオル1枚。
いつだか、俺の前でも緊張してほしいと、そう言われたことがあった。宏崇だよ、昔から知ってる宏崇だから、腐女子であるわたしもそのままでいられてる。隠すようなことは…まあ、宏×樺萌えるーとかそういう性癖くらい?でも、これくらいはきっと宏嵩もわかってるはず。
それでも、そのままのわたしで…そのままのわたしが好きだって…言ってくれた。
わたしも、そのままの宏嵩が。
ガチャリと開いたドアの音に、成海は背筋をぴんと伸ばした。何も言わず、宏嵩が近付いてくるのがわかる、ゆっくりと。
「…。」
「…。」
緊張している。そんなこと、顔を見なくても、ふたりわかってしまった。
「ああああ、あのさ!」
沈黙を破ったのは、成海だった。
「わ、わたしさー、ほら、なんて言うか宏嵩くんの好みの、きょ、巨乳じゃないから!」
早口でまくし立てる成海。自分でも何を言ってるのかわからない。
「いやー、こればっかりは妥協してもらうしかないっつーか、ほらね、おっぱい星人の宏嵩くんとしてはすこーし、少しね!物足りないんじゃないかなって、いや、ごめんね~。」
「ハハッ!」
成海の言葉を遮って、思わず宏嵩は吹き出してしまった。
暗い部屋で人の顔も見ないで何を言い出すかと思えば…。こちらはそんなこと考えてなかったのに。成海は気にしてるかもしれないが、俺としては大したことじゃないのに。それを今真剣に、慌てながら言うなんて、本当に敵わないな。
「ちょ、ちょっと!人が真剣に…!」
そう言って成海が振り向くと、腰にタオルを巻いただけの宏嵩が、口元を抑えながら笑いを懸命にに堪えて立っていた。
成海はドキリと胸が熱くなった。と、同時に顔も熱くなった。
(は、はだ、か!)
そういうつもりでお互いシャワーを浴びたのだ。当たり前な格好であるのに、小さい頃にも見たことがある身体なのに…こんなにもドキドキと高鳴る。自然と、鼓動が速くなる。
宏嵩は成海のとなりへと座った。
「…はあ、おかし。」
「う、うっさい!本当のことでしょ、このおっぱい星人!」
「うん、まあ、それは…否定しないけど。」
「はあ!?ちょっとくらい否定しろよ!」
そう言いながらも、成海の口元も緩んでいた。 さっきまでの妙な緊張が解けている。
でも、なーんか。
「なーんか、ムカつく。宏嵩のくせに、余裕…。」
「余裕なんかねーよ。」
またもや成海の言葉を遮って宏嵩は言う。そして、成海の右手を掴んで、宏嵩は自身の胸へ押し当てた。成海の掌はとても熱かった。
成海の掌が、宏嵩の鼓動を感じる。
「…は、や。」
どくどくと胸を押しのけて感じる宏嵩の鼓動。それはとても速くて、まるで成海の鼓動と共鳴しているかのよう。
ふと、成海が見上げると、宏嵩と目が合った。眼鏡の奥にある瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。部屋の中は暗くとも、顔が赤くなっているんだろうなと思った。宏嵩も、成海も。
「好きな子とこういうことになってんだ、当たり前だろ。」
好きな子。
好きな子。
あ、わたしのことだ。
「余裕なんて、最初っからねーよ。」
俺ってそんなに余裕あるように見える?ただ、そうやって見せてるだけなんだ。それは昔から変わってない。成海と出会った、成海と話したあの頃から、少しも。
「あのね、わたしも。」
今度は成海の右手に引かれ、宏嵩の掌は成海の胸に触れた。宏嵩の掌も熱い。
「…速いな。」
「うん、だって、わたしも余裕ないから。」
同じだね、と成海は言った。宏嵩は返事をする代わりに、自身の左手と成海の右手を絡ませ握った。成海も握り返してくれる。
「成海。」
宏嵩は名前を呼んで、右手で成海の髪の毛に触れた。さらりと指先から滑り落ちる。いつもの成海のシャンプーとは違う匂いだと思った。
「成海。」
そのまま指先は頬に触れた。ぴくりと少し反応した成海を見ると、恥ずかしそうにこちらを見つめ返していた。
「成海。」
「ひろ、たか。」
呼び合ったことが合図となり、ふたりは目を閉じ自然と唇を重ねた。軽く触れるだけ。すぐに離したが、宏嵩はまたすぐに成海の唇を塞ぎ、そのままベッドへ押し倒した。
何度も何度も、深いキスで求め合う。
ずっと、こうしたかった。触れたかったんだ。許される関係になりたいと、そう、ずっと。
全身で、お互いの体温が熱いと感じた。
触れたかったんだ
宏成初小説です。
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「…ふぅ…。」
いつも通り、通常通り、クリアしたゲーム。一息つきながら、背を伸ばして固まった肩を回す。ふと横を見ると、隣にはソファーに横たわりながらBL本を読んでる成海がいる。真剣な表情をしながら、でも、瞳が潤んでいる。漫画を読んで感情移入する成海。これもいつも通り、通常通り。
成海の好きはいつだって全力だ。笑って、泣いて、怒って…とにかく感情がくるくる変わる。成海を見ていて本当に飽きない。それは今も、昔も。
「なーに見てんの、宏嵩。」
俺の視線に気づいた成海が目を擦りながら文句を言った。どうやら恥ずかしかったようだ。
「あ、いや、泣きながら読んでるから。」
「だってー!もうね、めちゃくちゃ良作だったんだって!推しちゃんの切ない表情可愛くてさー!そんな表情にさせる受けちゃんのセリフ…もう尊っい…!」
キラキラと目を輝かせながら話す成海を俺はもう止められない。さっきまで潤んでた瞳がまるで嘘みたいに。本当に見てて飽きない。
「なに笑ってんだよ。」
つい緩んでいた口元を慌てて手のひらで隠した。成海が少し照れたようにぶっきらぼうに言うが、そんな成海の口元も緩んでいた。
「んー!もうこんな時間か、気づかなかった。」
窓の外は暗くなっていたが、お互いゲームに本に夢中になるものがあると時間をつい忘れてしまう。ふたりのオタクという日常ではよくあること。
「…腹減ったな。」
「わたしも。あと、なんか飲みたーい。宏嵩、飲み物貰うよ。」
成海は俺と同じように固まった肩をほぐすように、んーと背を伸ばしながら立ち上がって冷蔵庫へ向かった。
成海と付き合うようになって、成海が俺の部屋に来るようになって、こういったことが増えた。成海が俺のスペースにいる、こういった感じ。
別に人が嫌いなわけじゃなかったが、人と関わりを持つことがなくとも特に不便と感じたことなんてなかった。ゲームさえあれば、ゲームさえやれればそれでよかった。
それなのに、特別関わることもなかったのに、樺倉さん含め小柳さんまで関わることが多くなったのは…。
「ほい、宏嵩の分。」
冷蔵庫に入っていた缶ビールを飲みながら、成海は俺に差し出した。受け取ったと同時にカシュッとタブを開けてくれた。
「かんぱーい!」
成海はニカッと笑いながら缶と缶を軽く当てた。また一口飲み、うまーいと言いながらテレビを付け、また一口。良い飲みっぷり。釣られるようにビールを一口、冷えたビールが喉を通る。
「なんか食べに行く?それかなんかデリバリーでも頼む?」
「んー、出るのめんどい、ピザ頼もうぜ。」
「それいいね!じゃあさ、それ食べながらコレしよ!」
テーブルの上に乗っていたコントローラーを差し出して、成海は言った。くるくると変わる表情を見ていて、素直に可愛いと思った。
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「ちょ、ちょっと!やばいやばい!宏嵩やばい!」
「あ…。」
慌てたのもつかの間。成海の操作ミスによりゲームオーバー。思いもよらない操作ミスがおかしくて、俺はつい笑ってしまった。
「今の落ち方、ウケる。」
「ちょっとー!そんな笑わなくたっていいでしょー!」
あまりにも笑う宏嵩に、ソファーのクッションを成海は投げつけた。ごめん、と言いながらも笑いをこらえる宏嵩の肩を成海はペシッと叩いた。
「…宏嵩さ、最近よく笑うようになったよね。」
成海が俺を覗き込みながら、ふと切り出した。優しく笑いながら話す成海の予想できなかった話に、俺は驚いた。成海は俺の目の前に座って少し笑った。
「なん、急に…。」
「わたしはさー、昔からの付き合いだし、笑ってる宏嵩はよく知ってるけど。花ちゃんとか樺倉先輩なんかは宏嵩の笑ってるとこ見られて嬉しいみたいだよ。」
表情自体は俺自身もない方だろうと感じていた、昔から。人と関わりを特別持たなかったから、必要と感じなかったし、その前にどうすればいいかもわからなかった。
でも、成海には、昔から。
「…こんなにも表情豊かなのに。」
「ど、こ、が、よ。この無愛想。」
成海は俺の両頬を上下に動かしながらつねった。
「わたしもそれは感じてたんだよ。」
ぱっと両頬を離して、柔らかく成海は微笑んだ。そして、横に座り直して宏嵩の肩に頭を置いた。
「なんて言うか、随分柔らかく笑うようになったな~って思ってたし、みんなのことよく見るようになったって。」
成海が近い。成海の表情は見えないが、触れる肩が熱い。
「良い事だよ、わたしも嬉しい。」
少しこちらを見ながら言う成海の柔らかい笑顔に、俺の右手が触れる。そして、少しつねってみた。
「つねるなよ。」
柔らかい頬。成海も少し熱い。つねっていた指を離し、もう一度頬に触れた。今度は滑らせるように、優しく。
こんなにも簡単に触れられる。こんなにも近い距離を誰が予想できただろう。こんなにも近くにいれると思ってもみなかった。
「おかえし。」
自分ではそんな実感はない。そんなに笑うようになってる?でも、成海が言うならそうなんだろう。そして、俺の変化をくれたのは…。
「成海。」
名前を呼ぶと、成海の大きな瞳と目が合った。そして、顔を赤くしながら成海は目を閉じる。普段は鈍感な成海も、俺が何をしようとしたのか察したよう。
「成海。」
もう一度名前を呼んで、俺も目を閉じながら、軽く成海に口付けた。すぐに離して、目を開けると成海の大きな瞳と目が合う。やはり顔が赤くて…。
「…宏嵩、顔赤いよ。」
「…うるせ。」
頬に触れていた右手を、成海の後頭部へ回した。そのまま引き寄せ、成海の唇に自身の唇を押し付ける。
先程よりも、深いキス。少し歯が当たって、余裕がないことも伝わってしまったかも。
俺の顔も赤くて熱い。言われずとも、自分でもすぐにわかった。キスはあれから何度もしたけど、何度したって慣れない。何度だって胸が高鳴る。何度だって、したくなる。何度だって、触れたくなる、成海に。
昔、あの日、駅で見た光景。俺には遠く、追いつけない。あのときはじめて思った、募った、思い知った想い。苦しかった。成海に触れることはできない。子どもの頃とは違う、気安く触れることはできなかったんだ。
手っ取り早く大人になれると思った。自分には似合わないピアスを開けて、吸ってみた煙草も咳き込んでしまって美味しいと思えなかった。でも、気持ちだけでも追いつけると、あのときはそう…。
痛かった。血も出た。不味かった。苦しかった。でも、傍には居られなかった。追いつけなかった。一緒にゲームや本を読んでいたあの頃には戻れないと、もうわかっていたんだ。
もう、蓋を閉めたはずだったのに。
もう、会えないと思ってた、はずなのに。すれ違った、あの日。
触れた唇は、酒とピザの味がしたんだ。